第二章 オフ会をしよう 二
二
「これはまた随分と派手に……」
〈襲撃者達に同情したくなる〉
それが、俺と『ムウ』が拠点へと戻った時の第一声だった。
歪んだ柱。破壊の跡が残る壁や床。いくつもの弾痕と、飛び散った空薬莢……。
拠点内で激しい戦闘があったことは一目瞭然だった。
〈フラッグ数が減っていない〉
『ムウ』の発言がテキストウインドウに表示されると、『くま』がそれに対して答えた。
「……約束した通り、門番としての役目は果たした」
そう、彼等は守り抜いたのだ。
拠点内の全てのフラッグを。
「でも、流石ですよ『くま』」
〈近接戦闘特化型、伊達ではない〉
「……そんなに褒められても何も出ないぞ。基本的には限定的な状況の戦闘でしか力を発揮出来ないんだ。チームの役に立てるのはこういう時だけだからな」
「でも、確かに凄い迫力だったわ。迫り来る敵を千切っては投げ千切っては投げ」
『ヒメ』のこの言葉は、誇張でも比喩でもなくそのままの意味だろう。
『くま』と『ワイルド・ベア』ならば、それが可能なのだ。
パワーに重点を置いた近接戦闘特化機。
それが『ワイルド・ベア』の真の姿であり、そしてそれを使いこなすだけの技量と度胸を持った『くま』は、俺達のチームにおける二枚の切り札の内の一枚だった。ちなみにもう一枚の切り札は『マジカルこめっと』を操る『こめっと』だ。
片や寡黙な近接戦闘特化型の使い手。
片や陽気な重装射撃特化型の使い手。
この二枚こそが、俺達のチーム『シューティングスター』における切り札だ。
「……『ヒメ』のサポートと『こめっと』の狙撃があっての戦果だ。俺一人ではどうしようもなかった」
『くま』は謙遜気味にそう言った。
確かにそれは事実だろう。
余りにも性能の尖った機体には、技量だけではどうしてもカバー出来ない場面が生まれる。それはどうしようもないことで、個人ではどうにもならないことだ。
『くま』の発言に続いて『ヒメ』が言った。
「それに、フラッグの獲得数を増やせたのは、『タツヤ』と『ムウ』の活躍あってのこと。そのことは誇りに思うべきだよ」
〈褒めてくれることは素直に嬉しい。誇りに思うことにする〉
テキストウインドウという無機質な空間に映し出された発言だけど、『ムウ』が素直に喜んでいることは分かった。
そんな『ムウ』の言葉に続いて『こめっと』が言った。
「要するにチームの戦果ってことだね。一人一人バラバラじゃ出来ないことだよ。だけどボク達なら、このチーム『シューティングスター』なら出来る。どんなことだってね」
それと同時に、フラッグ争奪戦イベント終了の告知がディスプレイ上に表示された。
そしてイベント終了の合図である閃光弾が打ち上がる。
イベントの報酬は獲得したフラッグの数に応じた獲得数報酬と、獲得した数の多い順により良い報酬が得られるランキング報酬の二種類がある。ランキングに関しては、各チームのフラッグ獲得数を運営側が集計して後日発表となるが、獲得数に応じた報酬は、自分たちの獲得数を見ればいいだけだからすぐにわかる。
『こめっと』はとても嬉しそうな声で言った。
「おお、凄いじゃん。最初に目指していたより、一ランク上の報酬だよ」
獲得数報酬はゲーム内通貨であり、フラッグの獲得数が増えれば、それに応じて増えていく。今回のイベントでの機体が受けたダメージの修復、消費した弾薬の補給や破損した拠点の修復等を差し引いても、十分お釣りが来そうだ。
『こめっと』がねぎらいの言葉を口にする。
「まあ、報酬の分配とかは後で考えるとして、とりあえず、みんなお疲れさまでした」
「……ああ、お疲れさま」
「お疲れ!」
〈お疲れさま〉
「お疲れさまでした」
……これだ。
こうして言葉を掛け合う瞬間こそ、本当にイベントが終わったと実感できる時だ。
俺がそんな感慨に耽っていると、唐突に『こめっと』が切り出した。
「で、明日のことについてなんだけどさ」
そう、明日は日曜日。
以前『こめっと』が提案したオフ会の日だ。
「一応もう一回確認するけど、みんな来れるってことでいいんだね?」
「……ああ、問題ない」
「私も大丈夫だよ」
〈問題なし〉
「行けますよ」
「うん、よし。じゃあ時間とか場所とかを、前にも言ったけど一応もう一回伝えておくね。時間は十二時ちょうど。集合場所はーー」
×××
『こめっと』からの連絡を一通り聞き、今日はそれでお開きとなった。
俺も『スペース・フロンティア』からログアウトし、パソコンの電源を落とす。そして、特にすることもなくなりベッドへと倒れ込んでいたところへ、急にケータイの着信音が鳴った。このタイミングで電話してくるのはーー。
「はい、天城です」
「やあ、こんばんは」
ーー予想通り夢宮さんからだった。
「いったい何の用ですか? 夢宮さん」
「ちょっと思うところがあってね。タツヤ、名前ってやっぱり重要だと思わない?」
「名前?」
夢宮さんが一体何を言おうとしているのか、まるで予測が出来なかった。
「そう、名前。呼び名。呼び方。呼ばれ片」
「と、言うと?」
「タツヤはどっちでもタツヤでしょ?」
「?……ああ、なるほど」
学校の『竜也』も、ゲーム内の『タツヤ』も、どちらも呼び方、呼ばれ片は
少しの沈黙の後、夢宮さんは言った。
「……うん、よし。決めたわ」
「何を決めたんだ? 夢宮さん」
「タツヤ、これから私のことを『夢宮さん』と呼ぶことを禁止するわ」
唐突だった。
余りにも唐突な禁止令だった。
「何故いきなりそんなことを?」
「なんか気を使わせてるみたいで、変な感じがするんだもの。私とタツヤの関係は、少なくとも対等なはずよ」
の、わりには上から目線の口調のことが多いけどな。今だって、明らかに命令だったじゃないか。
まあ、あえてそのことを言及するのは避けておこう。
多分、夢宮さんの本来の性格が『こっち』なんだろう。
どちらかと言えばリーダー気質、みたいな感じの。
普段の学校の時とは大違いだ。
どちらにせよ、夢宮さんが悪意を持ってそういった話し方をしてる訳じゃないのは、いくら俺だって察することが出来る。だからこそ、そのことに対して腹を立てたりする事はないが、それにしたって話が唐突すぎる。
俺がそんなことを思っていると知ってか知らずか、夢宮さんの言葉は続く。
「それに……、私だけタツヤって呼び捨てにしなきゃいけないのは納得がいかない。こんなの不平等よ」
……いや、まあ、うん。
確かに夢宮さんの言い分にも一理ある。
一理あることは認めるけど、その事で俺が責められるのは、何というか理不尽なんじゃないだろうか?
だってそうだろ?
普通、こんな状況は想定しない。クラスメイトの女子から、ゲーム内において下の名前で呼ばれることになるなんて。
そう呼ばせてしまうことになるなんて。
確かに、この状況は冷静に考えると、少々気まずい。
「しかし、いきなりそんなことを言われてもな。じゃあ、一体どうやって呼べばいいんだ?」
「そんなことぐらい、あんたが自分で考えなさいよ」
夢宮さんは、どこか突き放すような口調でそう言った。
……いや、違うな。
夢宮さんは恐らく、俺のことを試している。自分の中に解答を用意して、俺がどう答えるのか試し、この状況を楽しんでいるに違いない。
なるほど。
ならばその挑戦、受けて立とうじゃないか。
「……じゃあ『翼さん』とか、そんな感じ?」
「『さん』をとる気はないのね」
「そういう言い方に馴れないんでな。どうしてもそうなっちまう」
「馴れなさいよ。私だって馴れてないのよ?」
あーもう、わかったよ。
呼べばいいんだろ!?
こんなところで引き下がってたまるか!
呼んでやるよチクショウ!
「……じゃあ、『ツバサ』で」
「上出来よタツヤ。やれば出来るじゃない」
ああ、何だろう。
ものすごく状況に流されている感じがする。そして何故か知らないけど夢宮さんから褒められている。何で褒められてるのかよくわからない。いや、もうこの際喜んでおくことにする。
「うん、これでよし。じゃあタツヤ」
「何だ? ……ツバサ」
「とりあえず本題に入るわね」
どうやらこれは、本題ではなかったらしい。
「明日のことなんだけどさ」
「明日のって、オフ会の?」
「そうよ。それ以外に何があるのよ」
「いや、まあ、確かにそうだけど」
「それで、明日のオフ会なんだけどさ。近くの駅で待ち合わせて一緒に行かない? どうせ最寄り駅は同じなんだし」
「別にかまわないけど」
「じゃあ決まり。明日の十時半に駅の券売機の前に集合。いいわね?」
「まあ、いいけど」
「ではそういうことで。また明日ね」
そう言うと夢宮さんは、俺が返答するよりも早くケータイを切った。後には、妙な部屋の静かさだけが残る。
何というか、まるで嵐のようだ。悪い奴じゃないのはわかってるし、悪い気もしないけど。
×××
そして日曜日。
オフ会当日の午前十時三十分。
最寄りの駅へと着いた俺が見たのは、腕時計と俺の顔とを交互に見比べる夢宮さんの姿だった。
「遅れてきたら何を言ってやろうかと思ってたけど、まさか時間ちょうどに現れるとはね」
「そりゃ危なかった。遅れずにすんでよかったよ」
「でも、レディーを待たせるなんてどうなのかしら?」
「勝手に早く来て待ってただけじゃねーか」
「そうね、確かにその通りよ。否定しないわ」
「ところで、そろそろ電車が来る時間なんだが、乗らなくていいのか?」
「乗るに決まってるじゃない。さあ、急ぐわよ」
「ああ、そうだな。急ぐとしよう」
そんなわけで、俺と夢宮さんは改札を抜けると階段を駆け下り、そしてちょうど良いタイミングで来た電車へと乗り込んだ。電車内はそれなりに空いていたので、夢宮さんと隣り合って席へと座る。
しかし妙な気分だ。
つい最近までは、夢宮さんとこんな風に接することなんて無いと思っていたが、いやはや何が起こるかわからないものだ。
そうは言っても夢宮さんのことは、あまり『女子』として見ることが出来ないというのが正直なところだ。
その原因が『ムウ』としての印象が強すぎるせいなのか、『ムウ』だということを暴いて以降の言動のせいなのかは定かではないけど。
とは言え、異性として意識しないでいられるというのは、ある意味では気楽だった。
「タツヤ、もしかして今、ものすごく失礼なこと考えてる?」
「いや、そんなことはない」
「ふーん、なら良いんだけど」
何という察しの良さ。
何故わかったし。
いや、これを失礼と考えるかどうかは人によりけりだろうけど。
まあしかし、黙ったままというのも少々気まずい。何かいい感じの話題、ないものだろうか。
そう思いながら車窓の風景へと視線を移した時、ふと思いついた事があった。
「なんて言うかあれだな。今の時代って、昔の人から見たらすごい未来だよな」
「唐突ね。その上とてもわかりにくい言い回しね。何が言いたいのかはわかるけど。まあ確かに、その絵が描かれた時からすれば、とんでもない未来ね」
「でもいまだに『こう』はなってないんだよな」
俺はケイタイのディスプレイへと、いくつかの絵を表示させていた。
百年以上も前に描かれた、ロボット物のゲームやアニメをモチーフとしたアマチュア作品の数々だ。
ネット上に投降されていた作品が、有名無名を問わずに、タイムカプセル的に発掘されることは多々ある。
著作権的には……どうなんだろう?
余り深く考えないでおこう。金銭が絡んでるわけでもないし、多分大丈夫だ。
「あら、人型二足歩行兵器は実現したじゃない」
確かに夢宮さんの言う通りだ。
人型二足歩行兵器。
ストライクギアと総称されるそれらは、かつては空想の産物でしかなかったかもしれないが、今ではそれが、確固たる現実として存在している。
「猫型ロボットはまだ無理だけどな」
「あれはまだ無理でしょうね。私としては猫型ロボットの付けてるポケットの方が欲しいわ。まあ、どっちにしろ当分は無理なんじゃないかしら」
「……よく知ってるな。あれ、とんでもなく昔の漫画だぞ」
「自分から話を振っておいて、その反応は無いんじゃないかしら」
「いや、まさか通じるとは思わなかったもので」
「流石にあれは有名すぎるでしょ」
「知らない人は知らないと思うぜ」
「まあそうでしょうね」
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