スペース・フロンティア
タジ
プロローグ
プロローグ
岩石と砂地の広がる小惑星を、人のような形をした機械が、地面すれすれの低空飛行で駆け抜けていった。
「チッ、分断させられるとはな。攻め込んでくるだけのことはある、か」
人のような形をした機械を操っていた少年は、そう呟いた。
「とはいえ、みすみす逃がす訳にも、やられっぱなしって訳にもいかないな」
人のような形をした機械、一般的にはストライクギアと呼ばれる人型兵器は、少年の巧な操縦によって駆け抜けていく。
青と白を基調としたそのカラーリングは、一切の迷彩効果を期待出来ないモノだった。
少年はメインの表示を一瞬だけ後方カメラへと切り替えた。
背後から一機のストライクギアが迫ってきていた。装備している銃は、形状から察するに威力重視の荷電粒子砲、所謂ビームカノンと呼ばれるものだろう。そうそう連射できるものでもないので、なかなか撃ってこないが、もし当たれば一撃で装甲を抜かれる危険性がある。
少年の操る機体には対ビーム用コーティングが施されている。だが、大口径、高出力のビーム兵器相手では、それだけを頼りにするというのは、かなり心細いものがあるのだ。
ビーッ、ビーッ、と接近警報が鳴り響く。機体を上下左右へと振り、ロックオンを振り解くが、そういった無駄な挙動により距離が詰まっていく。
確実に敵の射程内だ。ある程度の技量さえあれば、ノーロックで射撃を命中させることも可能なはずだ。
(どうする? ブレードを展開しつつ反転して、近接戦闘で迎撃するか?)
迫り来る敵は重装甲型。
少年の操る機体には、あの装甲を抜けるような射撃装備は無い。迎撃しようとすれば、必然的に近接戦闘となる。
思案する少年のディスプレイへとテキストウインドウが表示された。
〈こっちは片づけた。助けに行こうか?〉
少年は即座に反応し、インカムへと向けて言った。
「俺の射撃じゃあの装甲は抜けない。どうにか接近したいんで援護してほしいが、頼めるか?」
数秒後、快活そうな女性の声とともに、マーカーの付いた地図が表示される。
「だったらリーダーの方が適任かな。『ムウ』はリーダーのサポートに回って」
それに応じるようにして、リーダーと呼ばれる人物からの通信が入る。まるでアニメのキャラクターのような、かわいらしい女性の声だった。
「うん、この場所なら問題なし。マーカーの場所に誘導して。そうしてくれたらボクが隙を作るから、上手くやってね」
〈了解、サポートに回る〉
そうテキストウインドウに表示された。どうやらテキストで会話しているのは『ムウ』という人物らしい。
「わかりました。ありがとうございます」
そう答えると同時に、少年はマーカーによって指定されたポイントを目指して、機体を飛翔させる。敵に対して、これが誘導だということを気付かせないよう、細心の注意をはらって。
敵は何の疑いもなく、少年の操作するストライクギアを追ってくる。
……三。
……二。
……一。
……。
「ここだっ!」
追ってきた敵機がマーカーの地点へと入ると同時に、少年は機体を急旋回させる。必然的に少年の機体は減速を余儀なくされ、それを見逃さなかった敵機は粒子のチャージが完了していたビームカノンを、少年の操る機体へと向けた。
直後、閃光が走った。
帯電した粒子が弾丸として亜光速で打ち出された、つまり、ビーム兵器の攻撃によるモノだ。そのビームは遠方から、『少年の機体を狙っていたビームカノン』を貫いた。
想定外の事態による動揺のせいだろうか。少年の操る機体を狙っていた敵機の動きが一瞬だけ止まった。
そのわずかな隙を、少年は見逃さなかった。機体の腰にマウントされていた武器を、即座に装備させる。
それは一見するとライフルのような形状だった。事実、射撃武器としての側面もあるのだが、それだけではない。銃口へと収束した帯電粒子が、磁力によって刃のような形状へと変化する。ビームブレードと総称される装備だ。少年の機体の場合は、銃口から発生させているモノであり、『ビームバヨネット』とでも呼ぶべきモノだろう。
弾丸として射出する際に必然的に生じる、粒子量と熱量の減衰が起こらないため、接近というリスクと引き替えに、より高威力の武器として使用することが出来るのだ。
少年は叫びながら、ビームバヨネットを構えた機体を、敵機へと向けて突進させた。
「こえで。終わらせる」
×××
緊迫した攻防、交錯する無線、舞い上がる砂埃と焼けた大地。光学兵器の閃光が、電磁加速砲の弾丸が、誘導炸裂弾の轟音が、情け容赦なく大地へと降り注ぎ、全てを飲み込んでいく。そして、決死の攻防を繰り広げるストライクギアが、この惑星の上を駆けめぐる。
……だが、これは戦争ではない。
ゲームなのだ。
しかし同時に、これは虚構ではない。
現実なのだ。
「何ややこしいこと言ってやがるんだ、こいつは」と思うかもしれないので、最もわかりやすい方法で説明するとしよう。
×××
「速やかに武装を解除して撤退してください。そうすれば、これ以上のダメージは与えません」
青と白を基調としたストライクギア『ミラージュF』を操っていた少年、
ゲーム用コントローラーを握る手に汗が滲むのを自覚する。
僅かな後、敵機のメインセンサーの色が投降の意志を示す白へと変化した。同時に画面上へと『敵機投降』という表示が映し出される。投降サインを出した機体は自動的に行動へと制限がかかり攻撃行動がとれなくなる。投降サインを出した相手に対す行動にも制限がかかり、攻撃行動を行うことが出来なくなる。また、アイテム争奪系のイベントの際には、投降サインを出した機体の収集物は、自動的にパージされるようになっている。
「フラッグ五つ、か。逃げられていたらかなりの損失だった。深追いしてくれたのが逆に幸運だったな」
竜也は敵機の撤退を確認しつつ、パージされたフラッグを回収した。
ノートパソコンの廃熱ファンが出す音など全く気にならないほどに、彼は全神経を集中させて機体を操作していた。なにより、このゲームを心の底から楽しんでいた。
×××
……ご覧の通り、これは戦争などではない。
オンラインパソコンゲーム『スペース・フロンティア』。
そう、ゲームなのだ。
だが、使用する機体はデータ上の存在ではなく、実物なのだ。
このゲームの成り立ちには、ある種の歴史的な事情がある。
かつて起こった、世界の全てを巻き込んだ大戦争。開戦も終戦も定かではないほどに、長きにわたって繰り広げられたあの大戦争は、結果論かもしれないが多くの技術的進化を促したという事実が存在する。
マスドライバー、人工知能、人型兵器、レールガン、ビーム兵器、宙域航行用の大型輸送船……。
フィクションの世界にしか存在しなかったはずの多くの技術は、あの大戦争が始まる前の、ちょうど宇宙資源の採掘が本格化し始めた時期に芽を出し、そして大戦争の最中で連鎖的に開花した。通信技術や効率的なエネルギー技術についても同様だ。今こうして地球にいながら、ほとんどタイムラグが生じることなく、遙か遠くの星にあるストライクギアを操作できるのも、大戦争時代に開発された『次元通信』と通称される技術によるモノの恩恵に他ならない。これは通信装置の送信側と受信側に、それぞれマイクロワームホールを発生させることによってタイムラグを最小限に留めるというモノだ。
やがて戦争が終わり『平和な時代』が訪れた時、とある企業は考え出した。
戦争が終わったとはいえ、自己防衛のための兵器は依然として開発が続けられている。また、小惑星の資源開拓はビッグビジネスであり、国からの補助もでる。ならば、この二つを組み合わせることで、かつて例にない新たなタイプの娯楽を生み出せるのではないか、と。
その結果生まれたのが、軍から貸与された本物のストライクギアを、ユーザーが自宅のパソコンから遠隔操作し、惑星の開拓をして資源を採掘したり、攻め込んでいって領地を奪い合ったり、決闘によって覇を競い合ったり、運営側の主催するイベントに参加してゲーム内通貨や強化パーツを手に入れたり、そんな風にして本物の兵器を動かして遊ぶ、全く新しいタイプのオンラインゲーム。
それが『スペース・フロンティア』だ。
この少年、天城竜也もまた、このゲームの魅力にとりつかれた者の一人だった。
ともかく、来るべき近未来。この物語は、比較的平凡な少年がオンラインゲームをプレイするという、そんなありふれた場面から始まっていたのだった。
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