第2話 何もわかっていなかった

 フェマーおよびナイダートの使者が早急に現状を伝えてくれたおかげか、セレイラの多国間協議への参加はすぐに認められた。それは誰の予想をも覆す早さだった。

 しかも彼女の要望通り、話し合いはニーミナで執り行われることとなった。連合に参加していない小国で開催されるなど異例だ。いや、特例と言うべきか。そのためカーパルは会議の準備に追われるようになり、ゼイツたちは放置されたも同然だった。

 ただし、何もやることがないわけではない。人手不足を理由に、ゼイツに与えられた仕事は火事の後始末だった。

 宇宙からの来訪者騒ぎですっかり優先順位が下がっていたが、そのままにしておくわけにもいかない。奥の棟に住んでいる人間は少ないものの、あそこには聖堂もある。

 幸いなことに、ウルナたちの部屋以外であれば、煤さえどうにかすれば住むのに支障はなかった。燃えていたのはごく一部。消火が早かったおかげで、損害はさほど大きくもなかった。

 とはいえ割かれている人員が少ないため、進みは遅々としている。それでもやるべき作業があるのは、ゼイツにとってはありがたいことだった。ジブルのこと、ニーミナのこと、宇宙のこと、整理されていない情報と向き合うためには時間が必要だが、ひたすら考えているばかりでは疲弊してしまう。


 その日も、ゼイツはクロミオの部屋の掃除をしていた。壁を拭きながら時折嘆息し、手を止めて天井を睨みつけては、また汚らしい布を握り直す。そんな一連の動きをひたすら繰り返す。

 非常に単調で、気力と体力ばかり消費していく作業だった。

 だがここが片づかなければ、ウルナとクロミオは別室での生活を続けることになる。嫌な思い出が染み込んだこの場所に戻ってくるのはどうかとゼイツは思ったのだが、他の部屋では狭いらしい。

 よく考えてみると、ここだけ部屋が三つ繋がっていた。他は全て独立した個室だ。

 ウルナたちは優遇されていたのだと、後になって知る点が幾つもあった。カーパルの姪という立場のせいなのか、それとも女神の力と相性のよい血筋のためなのか。もしくはカーパルが配慮してくれたのかはわからない。

 ゼイツは顔を上げ、薄汚れた壁を見つめた。元々はやや黄ばんだだけだったところが黒く焦げ付いている。拭くだけではどうにもならない部分もあり、それはこの白い壁に染みついた汚点となるのだろう。

 滅びに抗っている者たちの軌跡となるのか、それとも消え去ることのない忌々しい出来事の象徴となるのかは、現段階では不明だ。

 ゼイツはその場で片膝をついた。手を止めると再び疑問と不安が脳裏をかすめる。変革の瞬間に立ち会っているのかもしれないと思うと、ますます足下が不確かなものに感じられた。

 これからどうするのが正しいのか、答えを求めて叫びたくなった。その結果を知る者は、この時代にはいないのだが。

「ゼイツ」

 ふと唐突に、背後の扉が開いた。ぼんやりしていたのか気配に全く気づかなかった。気怠い静寂に温かな呼び声が染み入る。

 ゼイツが慌てて立ち上がると、戸の前には籠を抱えたウルナが立っていた。薄く微笑んだ彼女の後ろにはラディアスの姿もある。ややくたびれた印象だ。

 ウルナは時折顔を見せていたが、ラディアスと会うのは久しぶりのことだった。北の棟で別れて以来か。

「ウルナ、ラディアス」

「お疲れさまゼイツ。そろそろお茶にしない? ラディアスもようやく時間が取れたって」

 わずかに頭を傾けたウルナが、籠を少し掲げて言う。ゼイツは首を縦に振った。ずっと働きづめで喉は渇いていたし、そろそろ一息入れたいと思っていたところだ。

 そして何より、その後どうなったのかずっと気になっていた。ラディアスなら少しは知っているだろう。どうも忙しいようだし、今が話を聞くまたとない機会だ。

「ああ、俺もそう思ってたところだ」

「よかった。それじゃあ綺麗なテーブルのある部屋に移動しましょう?」

 口角を上げたウルナは、籠を抱え直し踵を返した。肩に羽織った茶色の布が軽やかに揺れる。

 背を向けたウルナ、ラディアスに続いて、ゼイツも扉へ向かった。何度も追いかけた後ろ姿を見ていると、何となく落ち着かなくなる。

 廊下へ出た彼らは、誰も住んでいない隣の部屋へと入った。白いテーブルに椅子、簡素なベッドが置いてある、奥の棟には一般的な部屋の一つだ。

 ウルナは中央にあるテーブルに近づき、籠をその上に乗せた。そしてカップ、ポットについで手拭きを取り出し、ゼイツへと向けて差し出してくる。

 小走りで寄ったゼイツはそれを受け取り、手を拭きつつ窓の外へと一瞥をくれた。珍しくも今日は快晴だ。燦々とした日差しが白い床、壁を照らしている。

 ゼイツは部屋の中へと視線を戻した。日光のおかげで室内は普段よりも明るく感じられる。ウルナは白いカップを三つ並べると、ゆっくりお茶を注ぎだした。とぽとぽと心地よい音が彼の鼓膜を震わせる。

「いい匂いね」

「えーと、そのお茶は――」

「以前、クロミオが摘んできてくれた葉よ。取っておいたのだけれど、香りは落ちてないみたいね。また葉を摘みに行けるのは、一体いつになるかしら」

 かさを増していく琥珀色の液体を見下ろし、ウルナは右の瞳を細めていた。揺れる前髪の陰でも、そこからわずかな哀愁が見て取れる。

 ゼイツはため息を飲み込み、ラディアスの方へと双眸を向けた。ゆったりとした歩調で近づいてきたラディアスは、ウルナの手元を見下ろして眉間に皺を寄せる。

「ニーミナの冬は長いからな」

 ラディアスは独りごちる。黙したまま相槌を打つウルナを、ゼイツは静かに見つめた。手拭きをテーブルの隅に置き、湧き上がるいたたまれなさに立ち向かっても、腑の底から這い上がってくる予感のようなものは消え去ってくれない。

 ニーミナが春を迎える頃、彼らはどうなっているのか? 視界から追いやっていた未来というものを意識すると、喉の奥で息が詰まった。

「はい、どうぞ。まだ熱いかもしれないけれど」

 笑顔で手渡された白いカップを、ゼイツは微苦笑しつつ受け取った。同じくカップを手にしたラディアスは、気怠げに首を回しながら何か言いかけ、結局は声に出さずに飲み込む。

 ゼイツはカップに唇を寄せた。鼻孔をくすぐるどこか甘やかな香りに、少しだけ心の波が静まる。

「部屋、ずいぶんと綺麗になったのね」

 カップを手にしたウルナは、扉の方を見ながら口を開いた。ゼイツは一瞬惚けた顔をしてから、クロミオの部屋のことを指しているのだと気づき、急いでぎこちなく首を縦に振る。そして耳の後ろを掻くと「もうちょっとだな」と答えた。隣でラディアスが苦笑している姿が視界に入る。

「そうなの? きっとクロミオも喜ぶわ」

「ああ、そうだ。クロミオは今日は?」

「ちょうど姫様のところに。私は叔母様に呼ばれていたから、一緒にいてもらっているの。どこにも行けなくて退屈でしょうしね」

 ウルナは手にしたカップを見下ろし、右の瞼を伏せる。カーパルに呼び出されていたとは、また何かあったのだろうか?

 ゼイツはラディアスへと視線を向けた。それに気づいたのかラディアスは眉根を寄せると、躊躇っているらしく何度か口を開閉させる。

「あの宇宙から来た女が、どうも早く第一期の遺産を見せろと言っているらしい」

 それでもラディアスは意を決して切り出してくれた。宇宙から来た女とはセレイラのことか。まだ会議の結論が出ていないというのにせっかちなことだ。

 また一波乱あるのかと考えるだけで、ゼイツは頭痛を覚えそうだった。悩み事は少ない方がいい。ゼイツたちの意志でどうにかなる物事はわずかなのだ。

 だがもう一つ気になることがある。先日からずっと頭に引っかかっていた言葉を再び耳にして、ゼイツは首を捻った。第一期。記憶を掘り起こしてみても、その表現には心当たりがない。

「第一期の遺産?」

 遺産の分類方法の一つだろうか? 地球へ降り立った時も、確かセレイラはそのようなことを口にしていた。宇宙では一般的に用いられている区分なのか。それとも研究者用語なのか。答えを求めて視線を巡らせると、ラディアスが大きく嘆息した。

「何も難しいことではない。女神の時代――女神の力がまだ世界に存在していた時のことだ。便宜上、研究者はそれを第一期と呼んでいる」

 ラディアスの声が静かな部屋で反響する。つまり、ゼイツたちにしてみるとおとぎ話の時代のことか。宇宙でもそれを研究している者がいたとは驚きだ。

 彼は再び窓へ一瞥をくれた。やっていることは、どの星でも変わらないらしい。過去を追い求めている以上は避けては通れないのか。

「ってことは、第一期の遺産って」

 はたと、ゼイツは我に返った。それだけ古い時代のものは、ニーミナにもほとんど残っていない。ゼイツが知る限りでは、横穴で見たあの白い戦艦くらいか。

 しかしあれをそう易々と他の星の人間に見せるのはどうだろうか。すると彼の考えを読みとるように、ラディアスは相槌を打つ。

「ああ、簡単に見せられる物ではない。あちらがこちらの状況をどこまで掴んでいるかは知らないが、迂闊に手数を見せるのはよくないな。それでカーパル様も困っているようだ」

「それで、何でウルナが呼ばれたんだ?」

「お前は馬鹿か。まさかウルナの目のことを忘れたわけではないだろうな」

 首を傾げるゼイツに、ラディアスは憮然として言い放った。ゼイツははっと息を呑み、カップを見つめるウルナへと視線をやる。

 そうだ、彼女の左目として埋め込まれているのは、女神の力と関係する緑石だ。つまり、第一期のものになる。

「戦艦や兵器を見せるわけにはいかないが、緑石だけなら害はないとでもカーパル様は考えたのか……」

 ラディアスの声には苦々しいものが混じっている。舌打ちはどうにか堪えているが、歪んだ顔には憎悪さえ浮かんでいた。

 カーパルはウルナを生け贄として差しだそうとでも言うのか。ゼイツはぐっと奥歯に力を込める。いくら何でもあんまりな仕打ちだ。

「でも、叔母様の判断は正しいと思うわ」

 重々しい静寂が生まれようとした次の瞬間、ウルナがやおら口を開いた。伏せられたその右の瞳から感情は読みとれない。

 ゼイツは顔をしかめつつ、ラディアスと目を合わせた。再び彼女に訪れた危機を、どうも本人は大事と捉えていないらしい。

「あちらが本当は何を考えてるのか、私たちにはわからないもの。手の内はできるだけ隠すに越したことはないわ。これはニーミナだけでなく、他国をも左右することよ」

「そのためだったら、ウルナは犠牲にでもなるっていうのか?」

 達観したようなことを告げるウルナへと、ゼイツはすぐさま問いかけた。ここに来てもまだ彼女は自分よりも他者を優先しようというのか。まさかクロミオやルネテーラのためだからとでも言うのか。

 しかしウルナは悠然と頭を振り、白いカップを両手で包み込んだ。

「違うわ。ただ私も知りたいのよ、この石のことを。だからちょうどよいと思って。私、この身にある物のことさえわかっていないんだなって、最近考えるの」

 ウルナはぼんやりとした口調で続ける。それでもどこか神妙な響きを帯びて告げられた内容は、ゼイツの胸を穿った。

 何もわかっていないのは彼の方だ。ニーミナのこともジブルのことも地球のことも宇宙のことも、何も知らずに生きてきた。それなのに人よりは多少知っていると思いこんできた。ずっと疑問にも思っていなかったものにこそ、見えない世界は潜んでいる。

「緑石のこと、叔母様のこと、女神様のこと、何も知らずに来てしまった。こうなる前にだって、いくらでも機会はあったはずなのに。それなのに私は叔母様に尋ねることもしなかったわ。答えてくれるわけがないって決めつけていた。浅はかよね」

 ウルナがカップに唇を寄せると、湯気の向こうでその表情が朧気となる。ゼイツにはかける言葉が見つからなかった。

 本当にそうなのだろうか? カーパルに対しては、彼はまだ疑念を抱いている。ああいった事態だったからあっさりと説明してくれたのか、それとも本当は隠すつもりもなかったのか、いまだに判断できていなかった。カーパルにはカーパルなりの考えがあるのかもしれないが、推し量ることは難しい。

「それにクロミオのことも……私は何もわかっていなかった。あの子がずっと何を心配していたのか、理解していなかったの。火事の時、あの子はどうして飛び出したんだと思う? クロミオが取り残されていることを知ったら、どんな無茶をしてでも私が探そうとすることをわかっていたのよ。無理をして私が死ぬのではないかと怯えたからなのよ」

 淡々とウルナは話す。一口お茶を含んだ彼女は、ついでカップをおもむろにテーブルへとのせた。同時にやや寂しげな微笑が、ゼイツの目に飛び込んでくる。

 彼は相槌を打った。子どもとはいえ、クロミオもウルナの危うさには感づいていたようだ。だからこそあれだけ姉を失うことを恐れていたのか? 気持ちは痛いほどわかる。

「そうだったのか」

「ええ。私があの子のためになら死んでもいいと思っていること、気づいていたのね。だから怯えてたのね。そんなこともわかっていなかったなんて……」

 ウルナはため息を吐いた。ゼイツは曖昧な笑みを浮かべて口元を引き攣らせ、再びラディアスと目を合わせる。わかりやすく安堵の色を瞳に浮かべ、ラディアスは静かに首を縦に振っていた。これでウルナが無茶をしなくなるのではないかという期待が、全身から滲みだしている。ゼイツも同じ気持ちだ。

「でも気づけたならよかったじゃないか」

「そう? そうかしら。――だからね、知らないことが怖くなったの。このままではいられない気分になって。もし何かを得る機会があるなら利用したいと思うのよ。危険なものかもしれなくとも、逃したくはないの。だから緑石のことが少しでもわかるのなら、私はイルーオの人たちに協力したい」

 だが続けてウルナがそう告げたため、ささやかな希望は無残にも打ち砕かれた。彼女の危うさは軽減されるかもしれないが、別の問題は残っている。彼女が緑石の持ち主である限りは、避けられないことなのかもしれないが。

「ウルナは本当にそれでいいのか? またクロミオが心配するぞ?」

「いいのよ。それに、これで少しは私もお父様たちに近づけるんじゃないかと思って」

 ゼイツは息を絞り出し、尋ねた。頷いたウルナはうっすらと微笑んだ。それは今まで見た儚い微笑とも、危うげで妖艶な笑みとも違った。穏やかながら力を秘めた笑顔だった。

 ある種の決意を感じ取り、ゼイツは固唾を呑む。もしかすると、彼女はまた別の道を歩み始めているのではないか? 遠ざかっていく背中を脳裏に描き、ゼイツは奥歯を噛んだ。一つ大きくなった彼女は、再び波乱の中へと身を投じるのか。

「おい」

 その時、不意にラディアスが硬い声を出した。先ほどまでとは一変して、表情も厳しく険しくなっている。彼が睨み付けている方へと、ゼイツも視線を向けた。その先にはほんの少しだけ開いた扉がある。部屋に入ってきた時と何ら変哲はなかった。

「どうかしたのか? ラディアス」

「足音がする」

「……え?」

「誰かの足音だ。子どものじゃあない」

 ラディアスは声を潜める。ゼイツは数度瞬きをし、慌てて耳を澄ませてみた。誰の声も聞こえなくなると確かに扉の向こう、廊下で甲高い靴音が響いているのがわかる。耳馴染のない音だ。ゼイツは顔をしかめる。

「これは――」

「ニーミナの人間ではなさそうだな」

 ゼイツの疑問を裏付けるがごとく、ラディアスがそう続ける。フェマーやナイダートの使者が各々の国へ戻っていることを考えると、可能性としては一つ。つまりイルーオの人間ということになる。おのずとゼイツの喉は鳴った。

 しばし三人は黙り込み、規則正しい足音が近づいてくるのを待った。よく響く音のせいで、どこまで来ているのかはっきりとはわからない。それほどの時間ではないはずなのに異様に長く感じられた。

 それでも辛抱強く待っていると、扉のすぐ傍まで来た靴音は躊躇いがちに周囲をうろつき始めた。だがそれも間もなく止み、硬い戸を拳で叩く音が続く。

「すみません」

 聞き覚えのある若い女性の声だった。イルーオの宇宙船から降りてきたあの研究者――セレイラだ。ゼイツは二人と顔を見合わせてから、仕方なく「どうぞ」と返事する。

 すぐに悠然と扉は開いた。取っ手を握って微笑んでいるのは、予想通りセレイラだった。体にぴったりと張り付くような銀白色の服に、胡桃色の髪が映えている。こうして間近で見ると、目鼻立ちのはっきりした顔立ちだ。意志の強そうな茶色の双眸がゼイツたちを捉える。

「ああ、よかった。このまま見つからなかったらどうしようかと思った。似たような部屋が多すぎて」

「えーと、セレイラさん……?」

「突然ごめんなさいね。あなたたちを捜すように言われていたの」

 セレイラは部屋の中へと入り、口の端をつり上げた。ゼイツは眉根を寄せて、もう一度ウルナやラディアスと目を合わせる。

 二人とも怪訝そうな表情を浮かべている。知らされていないのはゼイツだけということでもないようだ。では誰がセレイラにそんな話をしたのか? するとセレイラがくすりと笑う声が、ゼイツの耳に入る。

「お時間をいただいて申し訳ないんだけれど、第一期の宇宙船のところへ案内して欲しいの」

 思いも寄らぬ言葉を聞かされ、ゼイツは瞠目した。第一期ということは、つまり女神の時代の宇宙船。それを見せろと言っているのか。

 カーパルはそれを避けるためにウルナを差し出そうとしていたのではないのか? すぐさま答えられずにゼイツたちが絶句していると、セレイラはさらに説明を続けた。

「許可は取っているわ。だから第一期の、女神の宇宙船のところまで連れて行って欲しいのよ。ラディアスとかいう人たちに案内してもらえって言われたんだけど、あなたたちのことでしょう?」

 どうしてゼイツたちが戸惑っているのかさえ見透かすように、セレイラは挑戦的な眼差しを向けてくる。まるで試されているかのようだ。

 セレイラが嘘を吐いているようには見えないし、揺さぶりをかけているにしては知りすぎている。かといって急にカーパルが心変わりしたとも思えない。おかしい。すると閉口しているゼイツに代わって、ラディアスが確認の言葉を放った。

「それを、カーパル様が?」

「そうよ。穴の中にあるから連れて行ってもらってって」

 穴の中にある宇宙船とは、あの白い戦艦に他ならない。そこまでわかっているとなれば決定的だった。確かにセレイラは宇宙船を見る許可をもらったらしい。

 どういった経緯なのかは定かでないが、少なくとも連れて行くことを拒否できる材料は見当たらなかった。後に何か起こったとしても責任はカーパルに取ってもらおう。

「――わかった」

 ラディアスもそう判断したのか、低い声で了承の意を告げた。セレイラは瞳を輝かせると、心底嬉しそうに「ありがとう」と述べる。悪い人間のようには見えない。

 だからこそ警戒した方がよいのかもしれないと、ゼイツはカップの取っ手を強く握った。あの戦艦をどうにかこうにかするのは普通の人間には不可能だろうから、その点では心配はないが。

「よかった。これでこそ、死にそうな思いをして来た甲斐があるってものよね」

 満面の笑みを浮かべたセレイラを、ゼイツは何とも言えない思いで見据える。演技の様には見えない。喜んでいるのは確かだろう。

 だが何故宇宙船を見たいのかという理由が、この場合は大切だった。世界そのものに影響を及ぼしかねないという禁忌の力、その技術を使ったと思われる戦艦に興味を持つというのは、危険なことには違いない。

「それではよろしくお願いします」

 軽く頭を下げたセレイラに向かって、ゼイツは無言で首を縦に振った。そして嘆息したラディアスが動き出すのを横目に捉え、首の後ろを掻いた。

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