キッカケは封筒でした

前略お母様

今私はあなたの家の僕の部屋で手紙を書いています。

という前置きはもう2年以上やっていますよね?

そのあと今日のご飯のメニューのリクエストと、

あなたと妹への一言を書いて、

毎日家のポストに入れるのが僕の日課です。

今日も相変わらず相棒のパソコンと一緒に

我が家の自宅警備員ライフを満喫しています。

そいえば今日の晩御飯は、カレーがいいです、

さっきネトゲの僕が回復用にスタミナカレーを食べてて

なんか凄く食べたくなっちゃって。

いつもみたいにドアの前に置いといてください、

食べたらドアの前に置いておきます。

それじゃあお母さん、妹これからも宜しく。

         ***

「よし...これで良いかな、うん。」

机に置かれた白い便箋をもう一度見て誤字脱字がないか確認する。

自分の母と妹に宛る手紙がキチンとしてないと、

僕としてのプライドが許せないのだ。

「後は封筒に入れてのりで封じるだけ.....ってあれ?」

再度誤字脱字がないことを確認してから、

封筒や便箋などを入れている右の引き出しを開けると、

そこにいつも入っているはずの封筒がなかったのだ。

(いや、おかしい...1年前に補充をしていたはずなのに!?

まてまて、一年も経てば普通になくなる!)

「う、嘘だろ.....?また買いにいかなきゃダメなパターン?」

最悪な事実と自分の言う矛盾に気付いた瞬間、目の前が真っ白になった。

これからの人生、ほとんど外に出たくない僕にとってはこれは地獄。

神頼みをしつつ、何度も引き出しを開閉させて見ても、そこには何もない。

「ふんぬッ!」

鉛筆の痕等でもうボロくなった引き出しが壊れることを覚悟で引っ張ると、

奥にくしゃくしゃになった封筒の形をした紙が挟まっていた。

必死に手を伸ばして、やっと取れたと思えば、

そこにいたのは長年引き出しの奥で身動きもとれず、ひきだしに押され、

くしゃくしゃになってしまった茶色い封筒だった。

「だめだ!こんなどっかで拾ってきたみたいな封筒を

僕の家族に使うなんて....僕が許せん!」

(長年白の綺麗な封筒で統一してきたんだ!

今更代用を使うなんて....。)

「でも行きたくない!よしネトゲやって一回落ち着こう!」

勉強机に置かれゲーム画面の映し出されたパソコンを見たが、

今の自分が見ても心すら落ち着けない。

普段ならパソコンを見た瞬間24時間コースまっしぐらになり、

近くのコンビニで買ってきた栄養ドリンクを飲む頃に思い出す。

(ただ普段の問題とは全然レベルが違いすぎる!)

「あ、母さんは?いや、だめだ。今うちにいない!」

どう考えても今の俺にはくしゃくしゃの封筒を使うか、

新しい封筒を買いにいく選択肢しか無かった。

「よし....行こう!」

少し躊躇いがあったが買いにいくしかもう手がない。

(このまま迷っていても結局決まらないだろう!)

自分の座っている勉強椅子をくるりと反転させ、

勉強机の真後ろにあるクローゼットを開くと、

そこには出番を待っている服がぎゅうぎゅうに詰められていた。

今外を好まない僕にとってこの服たちは要らない。

と言うより今すぐにでも売り飛ばしてやりたいくらいだ。

でもそれはそれでなんか勿体無いし、外にも出たくないから

結局打つ手がなくそのままになってしまっている。

だったら買うなよって話だけど別に買おうなんて一切考えてなかった。

正確に言えば無理矢理買わされた。

元々外で遊ぶのが好きだった僕は服のバリエーションも多かった。

ただ母さんの趣味がファッションのためか、

服を計画もなくどんどん買うのだ。結局毎回捨てているのに

全然懲りないから何とも言えない、というよりもう言うことがない。

そしてことあるごとに僕の服を買ってきては僕のお気に入りの服を

「ダサいから、私が買った服を着てなさい」

と言い、どんどん一方的に捨てていくから僕の服は無くなり、

対して好きでもない母の趣味の服だけのクローゼットになってしまった。

僕が外に行こうと思えなくなってしまった原因はこれでもある。

「うーんと.....。」

滅多に見ないクローゼットにかかった服のかかったハンガーを、

カシャカシャと音をたてて、動かしていく。

だが僕好みの服はこのクローゼットの中にほとんどない。

「んーと....あ、これだ!」

クローゼットの端に挟まっていた、白いTシャツとジーンズのセット。

これが一番シンプルで、僕好みの服の趣味だ。

服にはしっかりアイロンがかけられており、柔軟剤の良い匂いがする。

袖を通してみても、俺のイメージピッタリだ。

充電完了と書かれたのガラケーの画面の時間には11:30とかかれている。

「よし、ちょうど良い時間。この時間なら人も少ないな。」

ジーンズのポケットにガラケーをしまうと、

部屋のドアを閉め、階段をドタドタと降りていく。

           ***

一階に降りると、そこには二年経っても変わらぬ景色があった。

多肉植物の置いてある靴入れ、妹が卒業式にもらった記念の時計、

今は亡き父と一緒に撮ったたった一枚の家族写真。

数年前までは毎日見ていた玄関のドア。

そこから射し込む微細な光も、今の僕にとっては眩しい光だ。

「えと、靴入れ、靴入れっと.....」

恐る恐る靴入れの引き戸を開けると、

そこには母がいつか履くと思って入れておいてくれたのであろうという

僕が履いていた青いデニム張のスニーカーが入っていた。

壊れるはずもないのにわざわざゆっくりと取り、

生まれたての雛を置くように汚れぬ様に置いた。

やはり二年ぶりにスニーカーへ足を通すと、

全く履いてなかったからか少しだけ痛い。

ただその痛みすらも今はとてもいとおしく感じられる。

靴紐をしっかりと蝶々結びにし、立ち上がる。

その行動一つ一つをしっかりとやり、くるりと後ろを振りかえる。

「行ってきます!」

至って当たり前の言葉を誇らしげに叫ぶ。

そして改めて前を向き、ドアを開け、玄関を出る。

2年ぶりに出会うこの世界は僕を祝福しているのだろう。

穏やかな日の光は、僕の白い肌を照らしていき、

春の風は、そっと僕の体を吹き抜けていく。

「スー.....ハー..」

深呼吸し、スッと前を向く。

封筒を買いにいくだけで、こんな気持ちになるなんて思わなかった。

ただ一つ思えたことは「外に出るのも悪くない」ってことだった。


            








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