真夜中の喫茶店

婭麟

第1話

坂を下ると其処には昔からの森林が、市街地には珍しく広がっている。

 その森林の入り口には喫茶店があって、朝は仕事へ向かう前に、昼は家事をこなした奥様方や、買い物に出て来たお年寄り達が、夕方には若者達や仕事帰りの人々がその喫茶店を賑わしている。


 ……いったい何時閉めているのだろう……



 と訝る程に、その喫茶店はいつもやっていて、そしてお客さんがいるのだ。

 そして店の周りには猫が居て、中にも猫が居る。


 ……猫カフェ……


 かとも思えるが、猫カフェではなくて、ずっと昔から野良猫が喫茶店の猫となって、飼われているわけでもなく、でもしっかり餌を貰い、店の中や店の奥にある、森林の中に建つ温室のようなガラス張りの、以外と大きな建物の中に住み着いて居る。

 

この店に始終客が居るのは、この自由気ままな猫達の愛くるしい仕草に惹かれてやって来る、常連さんがいるからで、正真正銘の常連さんになると、猫達に餌を与える特権を得られ、店の奥にある猫達に占拠されてしまっている温室……いやいや


……猫のサロン……


と、常連さん達はそう呼んでいる。

そのサロンに入る事を許されるのだ。

 

猫達は利口にわきまえていて、店の客の猫好き達の心を、それは巧みに虜にしていく。

 新参者はその術を学ぶべく、店の周りや中に居て客引きを学ぶ。

 店の売り上げにかなり貢献してくると、自然とサロンに迎えられる。

 サロンに迎えられる栄誉を得ながらも、常連さんに絆されてその者の元に行くものもいるし、行ってみたが気に入らず帰って来るものもいる。

 帰ってこられてしまった常連さんは、その猫に逢いに餌を持って通って来る。

 猫中心の世界で、なんと不思議で平和な世界だろう。

 そんなこの世とは思えない、不思議な世界だから、この世知辛い世を生きている者達は、惹かれてしまうのかもしれない。

 ちょっと今の世の中と違う世界を求めて……。



 

木戸愛美がそんな喫茶店を知っているのは、毎朝駅へ向かう途中で、この喫茶店の前を通るからで、大学生となった今は、時間もまちまちだしそれ程早くに家を出る事もないし、通勤地獄の電車に乗る必要もなくなったが、ほんの半年程前までは高校生であったから、遅刻をしないように行く為に此処を通ると、七時過ぎの時間帯でも店は開いていて、そして数人の客が珈琲を飲んでいたり、サンドイッチを食べていたりしていた。

 部活を終えて帰って来ると遅くなる時があるが、まだ開いていて数人の客の姿を見る事があり、そしてその中の一人か二人と、不思議と目が合う事があって、なぜか覗き見をしたような気分になって、目を逸らしてしまうのだった。


 ……誰が店長……オーナーさんなんだろ……


 愛美は何時の頃からか、この不思議な喫茶店の持ち主に興味を持つようになった。



「昼はこの辺の主婦とかが、店番をしてるんだってよ」

 中学からの親友で、高校が同じだった倫子が言った。

「えっ?なんで知ってんの?」

「友達の知り合いとかが、パートで行ってたりするんだって」

「えっ?いいな」

「なんで?」

「なんか凄く雰囲気あっていいな」

「ああ……不思議雰囲気あるかも……だけど、以外と働いてみたら普通らしいよ」

「えっ?」

「朝……は大学生かな?なんかわかんないんだけど、九時から五時くらいまでは、近所のパートさんが二人づつ、シフトで入ってんだって」

「へえ……」

「ケーキとか珈琲の豆弾きとか諸々は朝一でできてて、あとは好きにやっていいらしくて、パートさん達がいろいろ考えて、自分達のお店みたくやってるらしいよ」

「へえ……」

「……で、五時頃に大学生がやっぱり二名づつやって来て、聞くところによると十一時頃迄やって、その後また人が来るんだって」

「えっ?まだ空いてんの?」

「ううん……たぶん締めに来てるんじゃないか……って、はっきりしないみたい」

「えっ?なんで?」

「締め迄居て帰ったのに、開いてたって友達から聞いたり……その辺がちょっと怪しいし、朝何時から開いてるのかが、誰もわからないんだって」

「そんな事聞いて、気味悪くないのかな?」

「全然。昼間のパートさん達なんて、自分のお店みたく好きにしても何にも言われないし、大学生も自由がきくから楽らしい」

「そんなにいっぱい雇えんのかな?」

「……でしょ?でもバイト料普通らしいよ。募集出すと評判を聞いて、直ぐ決まるらしいけど、大学生以外辞めないみたい」

「あっ……そうか……」

 そんな美味しいお店なら、誰も辞めたりしないのは当たり前だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る