第117話 戦闘

 ヨハネはもう一度自分の体を調べた。

 先ほどまで白かった傷口からは赤い血が噴き出していた。それでもヨハネの全身には力が満ち満ちていた。彼の顔は真っ赤に染まり、彼の体には未体験の興奮が取り憑いていた。彼は馬車をひっくり返した細い丸太を探した。それは街道脇の草むらに弾き飛ばされていた。それに走り寄ると、両腕でそれを抱え上げた。


 両ひじひざの傷口に激痛が走り、血が噴き出た。追手の兵士たちは目前まで迫っていた。五人の壮漢そうかん松明たいまつを持って走り寄って来た。ヨハネは丸太を彼らに向かって投げつけた。丸太は兵士の一人の胸に鈍い音を立てて当たった。その兵士はそのまま倒れ込んで動かなくなった。ヨハネはそのまま壊れた馬車まで戻ると折れた車軸を両手で掴んで、残りの兵士たちが近づけないように振り回した。

 彼らは余計なケガをしたくない、と考えたのか、四人でヨハネを遠巻きに取り囲んだ。そのうち一人、メグが逃げた方向にいる兵士に向かってヨハネは車軸の棒を振り下ろした。その棒はその兵士が持っていた松明たいまつを叩き落とした。


 落ちた松明たいまつは地面の枯草に火を付けた。赤い炎が燃え上がり、周囲を赤く照らした。

 大きく肩で息をし、血を流しながら周りをにらみ付けるヨハネは、一匹の獰猛どうもうな獣だった。それは口を真っ赤に開け、雄叫びを上げて兵士たちを威嚇いかくした。兵士たちは、右手に持っていた松明たいまつを左手に持ち変えると、腰に差している片刃の剣を右手で抜いた。

 そしてそのうちの一人が怒鳴った。

「切り殺されたくなければ降伏しろ!」

「黙れ!」

 ヨハネはそう怒鳴り返すと、車軸の棒を大きく振り回して兵士たちを威嚇した。兵士たちは、ヨハネを遠巻きに囲んで、剣の切っ先をヨハネに向けてジリジリと距離を取り続けた。

 ヨハネは疲労と出血で意識が朦朧もうろうとし始めた。

 目がかすれ、膝に力が入らなくなってきた。


 その瞬間、彼の後ろから石が飛んできて、彼の後頭部に当たった。後ろにいた兵士が投げたのだ。


 ヨハネは前のめりに倒れると、そのまま気を失った。

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