第110話 債務不履行

 「いったい『責任者が契約を履行できなかった』とはどういう事なんだ? 責任者ってたぶんメグだよな。お前わかるか?」

 ペテロは言った。

「いや、分からない。勘定係に探りを入れてみよう」

 そう言うとヨハネは階段の降り口のすぐ横にある勘定係の部屋へと進んだ。


「決められた期日までに契約通りの量を織り上げられなかったんだよ」

 勘定係はわずらわしそうに言った。

「商会との契約だよ。決まった期日までに決まった量の布地を生産できなければ、工房の設置にかかった経費はすべて、即座に債務者さいむしゃが支払う契約だ」

「その債務者さいむしゃというのは誰ですか?」

 ヨハネは努めて冷静に言った。

「あの二人の女奉公人、名前は確か……メグとマリアだったかな。工房と他の女奉公人にかかる経費は、もしあの二人を奴隷として売った場合、付けられるであろう価格と同じなんだ。つまり借金を返せなかった場合は、自分を奴隷にして売って返す、という契約だな」


 ヨハネの身は震えた。

「そんな契約、誰が結ばせたんですか?」

「結ばせた? 誰が無理強いしたわけでもない。当の本人たちの意思だよ。商売を始める資金調達のために自分の身を担保たんぽに入れただけだ。二人とも今の奴隷価格だと一千万ジェン以上で売れるだろう。特に……メグと呼ばれていた方はワクワクの血が薄いし、外見はコーカシコスに近いからな。競売次第だが、我が商会が損する事はないだろう」

「そんな資金集めの方法があるなんて初めて知りました」

「そんな事情も知らなかったのか」

 勘定係はヨハネの全身を上下に眺めて、軽く鼻を鳴らした。

「この契約を考えたのは、カピタンなんだ。織物事業がうまくいけばそれでよし。失敗しても経費は回収できる。頭の良いお方だ」

「しかし、布地の質はどうだったのでしょうか。市場での試し売りでは好評でした」

 ヨハネは食い下がった。

「そんな評判は関係がない。問題は契約通りに商品を作り上げられたかどうかだけだ。まあね、契約の九割五分までは織り上がっていたから、惜しかったとは思うが、これが商売だよ。お前らもいい勉強になっただろう。さあ、行け」

 そう言うと、勘定係は手を払って二人に出て行くように促した。

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