第98話 契約と陥穽
商会の三階にある広い部屋には
トマスはいつものように
部屋はやや薄暗かったが、高価な調度品と家具が窓からの日光を微かに照り返して、部屋の中に奇妙な色味をもたらした。そこには会議用に長方形の大机が持ち込まれ、その両側に椅子が三つずつ、飾り物のように置き据えられていた。そのうちの一つに、勘定係の男が背もたれに背を付けずに、背筋を伸ばしてトマスのほうを向いて座っていた。
「試し売りはうまくいったのか」
トマスは無表情で勘定係に尋ねた。
「あっという間に売り切れたと報告を受けています。客からの評判も上々ですよ。売上は予想を超えてました」
勘定係は淡々と答えた。
「売上高は大した問題ではない。知りたかったのはこの街でどんな布がどのように売れるかどうか、だ」
そうトマスが低く通る声で言った。
「私がこの商会で
トマスは右手で左頬の傷跡を撫でながら話した。
「自前で作れば市価の半分ちかくで販売できるとお考えになったわけですね。ご慧眼です」
勘定係は媚びるように言った。トマスは眉間に皺を寄せて話を続けた。
「問題は、このまま海上交通の不安定さが続くかどうかだ。いまのところ、海賊もその親玉もその強欲さは変わらない。海上運輸が危険で儲からない仕事であれば我が商会の織物業も十分な利益が出るだろう。ただ一つ、懸念がある。なんだか判るか?」
トマスは目を大きく見開いて行った。
「……いえ……」
勘定係は目線を下に落とした。
「ドン・フランシスコ二世だ」
トマスはため息をつきながら言った。
「あの尊大な君主は西の島からエル・マール・インテリオールの
トマスはそこまで言うと足を組んで続けた。
「そうなったら織物工房はすぐに閉鎖だ。勘定係よ。その場合に備えて準備をしておけ。今すぐにだ」
トマスは言った。
「分かっております。売却先を見つけておきます。お任せください」
会計係はそう言って立ち上がると部屋を出て行った。
トマスはその後ろ姿を見送りながら、次の手を考えていた。あの勘定係は商会の金銭管理については天才的だったが、外の世界について
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