第96話 酒と博打と愛しい女房
「おい!」
急に大声が飛んできた。
ヨハネとメグは驚いて声のほうを見た。そこには
「久しぶりだな。憶えているか?」
その男は少し前かがみになってヨハネの顔を覗き込んだ。海の香りが混じった体臭がして、胸元には火傷の跡が見えた。海風が吹いて、ヨハネたちの顔を撫でた。その男の左頬には大きなほくろがあり、そこから生えた毛がゆらゆらと揺れた。
「あっ、火傷のニコラス」
ヨハネは大声を上げた。
「思い出したか。解体現場で合ったよなあ。馬車なんか乗ってっから別人かと思ったよう。もう三年くらい前か。お前さんなにしてんだ。まあ、坐んなよう」
ニコラスは二人を交互に見ると
「おれはよう、元は
そう言うとニコラスはヨハネを見て
「しばらく博打はやらなかったんだがよう。なんたって悪所は酒場と賭場と売春宿ばっかりだからよう。また手を出しちまったんだわ。博打に。そうしたらどういうわけか勝っちまってよう。相手の男がもうケツの毛もねえってくらいに負け続けて、ついにそいつは自分の持ってた船を賭けやがったのよ。その勝負にもなんと勝っちまったのよ。で、そいつの持ってた
そこまでしゃべるとニコラスは大きく息を吸って天に向かって吐き出した。
「おれは思ったんだわ。これは神様がくれた最後のお情けだってよう。なんたってピンゾロが六回も続けて出たんだからよう。あんときゃサイコロが光って見えたんだわ。それ以来おれはよう、博打も酒もやめて……酒をやめるのは三日でやめたんだがよう、廻船の仕事を始めたんだわ。エル・デルタからほし肉や刃物を積んでいってよ、
そう言うとその男はどんどんと自分の胸を叩いた。湿った木を叩くような底響きのする音がした。
「金貯めて、おれはいつかにょうぼを迎えに行くのよ。逃げちまったにょうぼをよ。あいつは内海の貧乏漁師の娘でよ、今ごろ向こうの親父さんと暮らしてるはずなんだが、博打をやめて金貯めたと言えばきっと帰ってきてくれるよな。そうだよな」
ニコラスは目を満丸くしてヨハネに詰め寄りながら言った。
ヨハネは背中を曲げてのけぞりながら答えた。
「そうですね。きっと帰ってきてくれますよ」
一息おいてニコラスはヨハネに尋ねた。
「そう言えば、お前さんはどうしてるんだ。
「はい。織物の店を出すんですよ」
「お前さんが織ったのかい?」
「いいえ、この娘ですよ」
そう言ってヨハネは頬笑んでメグを見た。
「そうか! お前さん結婚したのかい! そいつはめでたいな」
「いいえ。違います、違います。私が奉公している商会の女奉公人ですよ。違います」
「はあはあ、めおとみたいに見えるけどな。ま、もし
そう言うとその男は去って行った。
その後、ヨハネとメグは割り当てられた場所の広さと
ヨハネは御者台の隣に座っているメグに話しかけた。
「あの広さなら十分だ。棒二十本分の布なら収まるよ」
「ええ」
「地面もしっかりしていたから屋台の柱もしっかり根付くだろう」
「ええ」
「どうしたの?」
「さあ」
メグはそのまま商会に帰るまでそんな調子だった。ヨハネが馬車を工房の搬入口に付けると、スカートの
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