第76話 町並みと悩み
ヨハネは自分の部屋に帰るとその狭い部屋に光りを入れようと
アギラ商会は
トマスは悪人だろうか、とヨハネは考えた。
悪人かもしれない、だが、その下で奴隷売買の手伝いをしているヨハネも同じだった。悪人の手伝いをする者もまた悪人だ。奴隷たちは、極貧のワクワクや混血と蔑まれるムラートたち、そしてコーカシコスの外見をしていても、ワクワクの血が少しでも入っただけで、社会の最下層に押しやられる人々だった。
奴隷たちは家畜扱いされたが、家畜として大事にされた。大事な商品、高い金で買った道具として大切にされた。この商会での奴隷の立場について考えるのはヨハネにとっては難しかった。奴隷たちは奉公人より良い食事を与えられ、清潔な着物を与えられた。病人が出れば獣医が呼ばれた。ただ、それは奴隷たちを人間として尊重しているわけではなかった。商品として大事にしているのだ。
『奴隷は物であり、あの奴隷たちは私の所有物だ』
三年前、トマスがヨハネに無機質な声音で放った言葉をヨハネは思い出していた。『奴隷は奴隷である限り、物扱いされるが衣食住には困らない』と誰かに言われれば、ヨハネには返す言葉もなかった。ヨハネもマール・デル・ノルテ沿岸の極貧の村で生まれ育った。そこはただ生きて行くだけの事が人々の最も難しい目的だった。
人々は常に餓えながら、風土病と砂嵐を畏れ、ただ死んでいった。しかし、彼らは奴隷ではなかった。何も人々を拘束しなかった。だがそれ故に苦しみ死んでいくのだ。
そこまで考えると、ヨハネは天井を見上げて深いため息をついた。そして考え続ける事をあきらめた。
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