第66話 喧嘩

「おい、おまえ、魚屋。さっき余計なこと言っただろ」

 二人の肉屋たちの一人が大声で包丁を手にして怒鳴った。

「なんだ、何かきたねえ音が聞こえるがお前たちが喋ってんのか」

 初老の男が長い包丁を布で拭きながら答えた。


 周囲の見物人たちはざわつき始めたが、大声を聞きつけた野次馬たちも集まり始めた。肉屋の筋肉質の男は腕を組んで魚屋へ向かって詰め寄った。魚屋の初老の男は手に長包丁を持ったまま、肩を怒らせて相手に近づいた。お互い後ろには仲間たちが腕を組んで集まってきた。


「いいぞ。やっちまえ」

「おもしれえ。どっちが強いんだ」

 無責任な野次馬があおり始めた。肉屋と魚屋は口喧嘩を始めた。


「あんな肉買わされた上に、銭にまでケチつけられたお客がかわいそうだと思ってよ」

「あんな肉とはなんだ。オレ様は最高の肉しか扱わねえんだよ。おめえんとこの魚なんか目ん玉が腐ってんじゃねえか」

「なんだと」

 広場は一触触発の雰囲気になった。なにせ両方とも刃物を持っている。その場の勢いでどんな事故が起こるか分からない。


「おい、お前たち何をやってる」

 穂先なしの槍を持った若い男たちが十数人、広場に駆けてきた。みな上半身裸の逞しい若い男で、白いズボンに裸足だった。左腕に赤い布を巻いているのは組合の見回り組の印だった。一人だけ頭にも赤い布を巻いている頭目らしき男が言った。


「この市場で争い事はご法度だ。二度とこの市場で商売ができなくなってもいいのか」

 広場に響き渡るような声で言うと残りの見回り組たちは速足はやあしで肉屋と魚屋を取り囲んだ。その様子を見た二人はひるんだ様子で言った。


「……ちょっとふざけただけだよ、なあ」

「ああ、そうだ」

 そして双方とも店の中にすごすごと入った。

「さあ、みんな散るんだ。喧嘩は終わり。この市場で争い事は一切許されないぞ」

 頭目は大きく宣言した。野次馬の中の若い娘たちは黄色い声を上げた。市場の見回り組は女たちに大人気だった。


 ペテロが興奮した様子で言った。

「面白いものが見られたな。喧嘩と解体売りは朝市の華だ。取りあえず、中央通りから見て回ろう。」

 ヨハネは答えた。

「ああ、そうしよう。どんな物が売れているのか、じっくり見てこよう。市場ほどいろんな事が分かる場所はないから」

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