第20話 「悪魔の家」

 ヨハネの日常は過酷な労働の連続だった。彼は商会の仕事だけでなく、市参事会の人足としても働かなければならなかった。彼は朝早く起きて奉公人小屋を飛び出すと、台所で粗末な食事を胃に入れて、市参事会の建物まで自慢の足で走った。


 市参事会の建物は街の中心にある広場にあった。それは、赤い煉瓦で建設された二階建ての頑強な建物だった。大通りに向かって鳥が翼を広げるように両脇が張り出し、その中央が馬車溜りになっていた。正面玄関には馬車のまま日に当たらず屋内へ入れるように天蓋が付けられ、その上の二階の壁には大きな機械仕掛けの時計が据え付けられていた。この時計は、時間と季節と十二宮を同時に表す特殊な設計で造られていた。この威厳と優しさを兼ね備えた建物は、訪問者にほのかな好感を抱かせた。ヨハネもこの建物が好きだった。だが、彼の分際では正面玄関は使えない。裏手の通用口に回りながら、ヨハネはこれだけの建築物を作り上げた市参事会の富力の源について考えを巡らせた。


 エル・デルタの市参事会しさんじかいは、街の行政を執り行う組織だった。両替、保険、奴隷仲買、馬借、車借、廻船、口入れ、私兵あっせんなどを生業とする大商人たちが資金を出し、その運営費を賄っていた。ヨハネが奉公しているトマスも出資者の一人だった。市参事会は数名の執政官を選び、実務に当たらせていた。その仕事は、街中の警備と清掃、道路の管理、子女の教育などで、その中に『悪魔の家』を毀つ事も入っていた。街には多くの教会が立ち並んでいたが、『悪魔の家』もまだ多く残っていた。市参事会は教会の依頼を受け、人足を雇ってこれらを熱心に破壊していた。


 『悪魔の家』は何十年も前までワクワクたちが信仰していた偶像崇拝の神殿で、国中に数えきれないほど存在した。それは山の陰や丘の上に、石や木で門を作り、その先に様々な偶像とその家を置いたものだった。

 ヨハネは毎日のように市参事会の馬車に乗ってどこかの偶像の神殿まで出かけては、それを解体する仕事をさせられた。


 その日の作業は、街はずれの小高い丘にある『悪魔の家』の解体だった。ヨハネは他の五十人の人足たちと共に現場に着くと、作業を始めた。人足頭の指示に従って、まずは入り口の石門を倒すことを始めた。一人の身軽な人足が石門に素早く上ると、太い荒縄を結びつけた。そして全員が綱を手がちぎれんばかりに引っ張った。

 ヨハネの手は皮が剥けて血がにじんだ。

 皆が人足頭の掛け声に合わせて何度も引くと、石の門は軋みながら音を立てて崩れた。その瞬間、砂埃がヨハネたちを襲った。それはまるで引き倒された石門が、せめてもの抵抗をしているようだった。ヨハネは砂埃を鼻の奥まで吸い込み、四つん這いになって涙を流しながらせき込んだ。次に人足たちは、木槌とかなてこを持ち、神殿をばらした。こちらは解体した神殿の木材を教会の建設に使うため、木材に傷を付けないように慎重に作業を行った。少しずつ解体する内に、一人の人足がワクワクたちの拝んでいる箱を見つけた。その箱は白い紙で封がしてあった。彼がそれをこじ開けると、小さな石と象形文字を書き付けた白い紙の札が出てきた。彼はその石と紙を地面に叩きつけて言った。


「ワクワクってのは本当に石と紙を拝むんだな。ただのうわさ話だと思ってたぞ」

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