第15話 鍋の横の婆さん
奉公人用の井戸の横で、ヨハネはやっと洗い物を終えた。冷たい水は彼の手を刃物のように切り、指先はひび割れ始めていた。痛む指を口で吸いながら、大鍋と椀と匙を大きな籠に入れて、台所まで運んだ。そこでは大鍋の火の番をしている老婆が椅子に座ったまま、ヨハネを待っていた。
「終わったかい」と老婆は尋ねた。
「ああ、終わったよ」とヨハネは答えた。
この老婆がいつからこの商会の台所にいるのか誰も知らなかった。最古参の奉公人も初めてここへ来た時にはもうこの老婆は鍋の横に座って火の番をしていたのだ。薄茶色の分厚い外套で体を隠し、縞模様の布を頭に巻き付けていた。
名前は誰も知らない。
ただ、鍋の婆さん、とみな呼んでいた。
老婆は虚空を見ながら言った。
「春先の水はまだ冷たかろう。手にあかぎれもできるだろう。あれは本当につらい。冬場なんか指先から赤い血がしたたり落ちたもんだ。本当につらい。お前さんもあかぎれができたなら、裏の川のな、葦の根っこのな、黄色い土をな、傷口にすり込みなさい。それでしばらく痛みが引くでな」
「ばあちゃん、そんなことしてたのかい。それじゃあ、余計に傷が悪くなるよ」
ヨハネがそう言いながら老婆の片手を手に取って、手のひらを上にしてみた。
老婆の手のひらは乾ききった枯れ葉のよう赤黒く縮んでいた。その五本の指は、細く深い皺が縦横に刻まれていた。ヨハネは自分の手と老婆の手を比べて、その手を自分の両手で包むと、尋ねた。
「ばあちゃんはいつからこの台所にいるんだい。いまいくつなんだい」
「わたしがな、わらべっこのときな、義理のおかかさんのいいつけでな、浜で貝をとっていたらな、大きな船がな、赤茶色の船がな、白い帆つけてな、数えきれないくらい、
老婆はしゃべり続けた。
「そのあとな、おおきないくさが、なんどもなんど……」
老婆は浅い息を早く小刻みにし始めた。
ヨハネは驚いて言った。
「ばあちゃん。もう寝なよ。いつもはどこで寝てるの」
老婆は台所の隅にあるボロ布の山を指さした。ヨハネは老婆の肩を抱いてそこまで連れていくと、そこに寝かせ、体の上からぼろ布を掛けた。老婆は息荒く震えていたが、しばらくして寝息を立てて眠り始めた。
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