第11話 自治都市 エル・デルタ

 ワクワクの積み込み作業が終わると、次に高額で買われた女奴隷が搬入口から出てきた。三千万ジェンで買われた混血の奴隷と、『一滴の血』の奴隷だった。二人ともワクワクの女奴隷たちとは違って奴隷用貫頭衣どれいようかんとういを着ていたが、奴隷の身分を強調するかのように、革製の手錠てじょう足錠あしじょうを付けられていた。彼女らは、ゆっくりと搬入口はんにゅうぐちから出てきて、ワクワクの女奴隷たちが移ってカラになった十人乗り馬車に乗り移った。そして御者が馬車に乗り込み、護衛たちが定められた位置に付くと、奉公人頭が報告した。

「カピタン。準備が整いました」


 腕組みして作業を見ていたトマスは部下たちに命じた。

「そうか。では出発しろ。くれぐれもドジ踏むんじゃないぞ。私は先に現金用馬車で帰る。道中決して油断するんじゃないぞ。何かあったらダダじゃ済まない。わかったな」

 部下たちは一斉にと声を揃えて叫んだ。

「はい! カピタン!」

 たくさんの男たちが声を揃えて大声を上げたので、その場の空気はビリビリと震えた。

「おい! ヨハネ! 今度はドジ踏むんじゃないぞ。わったか」

 トマスは確認するように怒鳴った。

「はい。カピタン!」

 ヨハネは返事をした。


 トマスが現金輸送用の馬車に乗り込みながら、「出発!」と号令をかけた。先頭はトマスの馬車で、次が高額奴隷二人を乗せた馬車、次がワクワクの奴隷を詰め込んだ馬車だった。御者たちが馬に一斉に鞭をくれると、馬たちはいななき、苦しそうに前に一歩ずつ歩き始めた。馬車は軋み音を上げて少しずつ進み始め、中の奴隷たちは小さな悲鳴を上げた。

 馬車が動き出すと、護衛たちも走り出した。護衛たちはみな自分の身長より高い樫の木の槍を持っていたが、穂先はみな外してあった。エル・デルタの街において、公の場所での刃物の携帯は禁止されていた。。


 これは街の有力者で構成された市参事会しさんじかいで決められた約定やくじょうで、治安の維持に大いに役立っていた。他にも火器かきの禁止や四階建て以上の住宅の禁止など、様々な禁止事項が市参事会しさんじかいによって定められていた。また、市参事会しさんじかい委託いたくを受けた清掃人足たちによって大通りはきれいに掃き清められ、市参事会しさんじかいによって雇われた警備員が定期的に街の中を回り歩き街の治安は守られていた。その他にも火事や用水路、消防や廃棄物についての規定もあり、エル・デルタは秩序ある街として近隣で知られていた。 

 一方で市参事会の税の徴収に対して不満を持っている者もいた。それらの市政行為には当然のように多額の費用が必要だった。そのためにこの街の有力者たちはそれなりの税を負担していた。それはこの街の有力者たちに対して、負担感と歪んだ選民思想を与える元になっていた。


 もちろん手入れが行き届いている場所ばかりではなかった。世界中の街がどこもそうであるようにこの街も暗い面を抱えていた。街はずれの小山の中腹にはある小さな町があった。そこは日当たりが悪く昼間でも薄暗く、市参事会の力が及ばない地域だった。そこには、ならず者たちが溜まり、売春宿が立ち並んでいた。密造酒を食わせる屋台がひしめき、宿なし達が路上に寝転がっていた。人殺しやボヤ騒ぎはひっきりなしに起こり、その犯人はついぞ判らなかった。加えて定期的に疫病の発生源になった。そんなわけで、エル・デルタの善男善女たちはこの貧民街には近づこうともしなかったし、話題にする事すら憚っていた。

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