第3話

【に】



光は、命があるようだった。


自分の意思ひとつで光量を強めたり弱めたりして瞬いて、ずっと昔からそうしてきたかのような顔で町の銀河団を構成している。

左記子はあてもなく電車に乗ったあの日から“隣町銀河”を巡る旅をずっと実行し続けている。来る日も来る日も、目的地さえ決めず直感で電車に乗る。

そういう生活をしていて分かったのは、昼の電車も夜の電車とはまた違う魅力があるということだった。左記子がただそこに行儀よく座っているだけで、電車は左記子の知らないどこかの都会や、田舎や山中や海辺に連れて行ってくれる。電車が動き、ドアが開き、ドアが閉まる。次にドアが開くときは前回入ってきたのと全く違う空気が入り込んでくる。

左記子は、知らないうちに知らない土地を駆け抜けているのだ。若干感覚がふわふわと現実感のないものになってくる。その土地をなぞる嘘っぽさと非日常と、山奥から都会を一気に走りきる、不思議さと。

こぢんまりとした感じが落ち着いて、私鉄に乗るのが特に気に入った。



「あの」

あの、と耳許で遠慮がちに声を掛けられた。

はっとする。一気に目が醒めた。

「すみません、終点ですので」

声の方を向くと、帽子のせいで表情のよく分からない、定年間近といった風貌の駅員が膝を曲げて左記子の顔を覗き込んでいた。電車に揺られているうちにいつの間にか眠り込んでしまったらしい。こんなことは今まで一度もなかったのに。

「すみません」

左記子はキャリーバッグを掴んで慌てて立ち上がる。

「いえ、お気をつけて」

表情の分からない駅員は声だけは非常に申し訳なさそうな調子で左記子に応えた。小さくお辞儀をして、左記子は少しよろけ躓きながら駅に降り立とうとした。

「また」

「え? 」

駅員がさらに話しかけてくるのに驚いて、左記子は祖母作のレース編みのストールを取り落とした。

「また明日も当電鉄をご利用ですか」

動揺した左記子に構わず駅員は話し掛けてくる。そこで初めて、まずい、と感じた。

見ていたのだ、ずっと。

この男は。

左記子がこの私鉄を気に入って、あまりに心地良かったから何日も続けて乗っていたのを。朝から晩までどこにも行かずに夜明けから夜更けまで、この起毛素材のブルーの座席に座っていたのを。確かに左記子がしているのは普通の人の取る行動ではない。この駅員は何を言わんとしているのだろう。左記子を咎めているのだろうか。

カラ、と左記子の中の乾燥した欠片がそわりと動き始める。そこで久しぶりに懐かしい声が蘇る。

“左記子ちゃんは、かわいいから”。

「また明日も当電鉄をご利用ですか」


表情一つ変えず、駅員は一字一句同じ言葉を繰り返した。

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