第12話 消えぬ確執

「ミヤビ様、一体何が起きたのですか? 私、気が付いたら、ユルリと車にいて。傷の手当はあったけど、何がおきたのか分からないで。町に戻ったら、ミヤビさん達に攻撃されたって言うし」

「落ち着きなさい、リップル」


 美少女は冷静だった。


「二人が車に装備を取りに行った後、私達は地球人の戦闘機械に攻撃されたのです。あなたとユルリを巻き込んで。最初の攻撃でネーコスが死にました」

「え……?」


 リップルのショックは凄まじいものだった。


「死んだ?」


 リップル自身、ネーコスと言葉を交わした数は少ない。

 ユルリと友達になると言ったのを見た時は、少なからず嫉妬もしたものだ。

 だが、ミヤビは今なんと言った?

 そのネーコスが死んだと?


「ええ。死にました」


 ミヤビは複雑な感情を隠し、勤めて冷静に言葉を放った。


「あなたを助けたのは、私の友人だからです。酷い怪我だったので応急手当を。いえ、本来ならば連れ帰り、きちんと治療したかったのですが、連れて帰ることは出来ませんでした。危険と判断したためです。何かと理由をつけて貴女に危害を加えようとする者が現れないとは言い切れない雰囲気でした。地球人達の攻撃で、仲間達はあからさまな敵対感情を持ってしまったのです」


 そこで声をかけたのはエイカーである。


「お待ちください! 町から停戦の使者として来ましたエイカー・フミカールと申します! ヴィルボリーの町に交戦の意思はありません!」

「では、昨日の攻撃は何だったのですか?」

「それは、大型ミュータントが接近していると言う情報があったそうで、その、あなた方の機械巨人を誤認したのです」

「誤認?」


 ミヤビは確かめるようにして言った。


「不幸な接触であったと? そう言うのですね?」

「……はい!」


 ミヤビは言う。


「こちらも元々、交戦するために地球に来たのではありません」

「ええ。我々も不要な戦いは避けて通りたいと思っています。何か目的があるのならば、おっしゃってください。ヴィルボリーには、いつでも交渉のテーブルを用意する準備があります」

「そうですか。ではお願いします」

「え?」


 意外な返答に驚くエイカー。


「お願いしますと言いました。こうなってしまっては個人的には地球人に対して良い感情を持つことは出来ない。聞いての通り、私の大切な友人が一人、あなた方の攻撃で無残な死を迎えたのです。ですが、私には責務を全うする義務があります」

「……責務?」

「全ては交渉のテーブルでお話しましょう。条件があります。一つ、武器を場に持ち込まないこと。武装した戦力を場に近づけるのもダメです。二つ、会談にはリップルとユルリの出席を要請します」


 少女達が空人と友達と言うのは本当だったのだと、改めてエイカーは思う。


(リップルちゃんとユルリちゃんは、そこまで重要人物なの? でも、なぜ? この子達は子供なのよ? なぜ、二人の出席を?)


 エイカーはミヤビの真意をその表情から探ろうとしたが、彼女には分かるはずも無い。


「えと、了解しました。武器を持ち込まないと言うのはもちろんのこと。それから、リップルとユルリの二名は、必ず出席させます。リップルちゃん、良いですよね?」

「え、ええ、もちろん」


 当のリップルは困惑しかなかった。

 そもそも、少女の心は、ネーコスと言う見知った美しい少女の死と言う、耐え難い事実すら受け止められていないのである。


「会談の場所は、ここにしましょう」

「は?」


 エイカーはミヤビの発言に再び面食らった。

 この場所とはすなわち、今話している場所。

 空人の宇宙船を間近に見る、この農耕地帯のど真ん中の道端である。


「こ、この場所ですか?」

「はい。この場所にテーブルと椅子を用意します。時刻は正午でよろしいですか?」

「ええと」


 エイカーは少しだけ悩んだが、今ここで相手の気を損ねるのも危険だと感じた。


「はい、かまいません! ここでしましょう!」

「ではそのように。地球の方、こういう場所、地球ではなんと言いましたか? 道端?」

「道端……そうですね。あ、いえ、えと」


 なんとも説明しがたい状態だったが、ミヤビは喜ぶ。


「道端。道端会議と言うやつですね」


 上品に笑ったミヤビに、エイカーは思わず見とれた。

 同時に、たった今聞いた『地球では?』と言った言葉が頭の中に強く残っている。


「今の心情であなた方の町に出向くことは、我々には難しいのです。ご理解いただけますか?」

「いえ、もちろんそれはそうですよ。それに私達としても、それでかまいません! むしろ対話が出来ると言うことは素敵なことだと思います。話を聞いてくださってありがとうございました!」


 ミヤビはエイカーの素直さを感じて、それを心地良いものだと思った。


「あなた。名前はエイカー・フミカールと申しましたか? 私はあなたを美しいと思います」

「え?」

「戦い合う間柄となった者の敵地へ単独で出向く。リップルと言う特別な存在が同乗していたとは言え、とても勇気のいる行動です。賞賛に値します」

「あ、ありがとうございます」


 エイカーは赤くなった。

 今更、言葉を交わしているミヤビがとんでもない美少女だと言うことに目が向き、賞賛を与えられたことが恥ずかしくなったのである。


「それでは町の代表者達を連れてまいりますので!」

「お願いしますね、エイカー」


 一方で、リップルは未だ呆然としていた。

 大人同士の会話に入りきれなかったのだ。


「リップルちゃん?」

「すいません。少し、気が抜けて」


 その場にへたり込むリップル。

 だが、まだ終わりではない。休んでいる暇など無いのだ。

 会談に出席しなければならない。


「大丈夫?」

「はい」


 エイカーの声で気を取り戻し、立ち上がったリップルは、言った。


「……あの、ミヤビ様」


 もしかすると、直接話せる最後の機会かもしれない。

 少なくとも、会談前に言っておきたいと、必死に口を開いた。


「大丈夫ですよね?」

「……何がでしょうか?」

「ミヤビ様たちと戦争だとか、そう言う怖い話には、もう」

「それは交渉の結果次第です。話し合いの結果でどのようにも転ぶでしょう。ですがこれだけは言っておきます。あなたは私の、地球で出来た初めての友人です。いざとなれば、私があなたを保護し、迎え入れます。だから、安心なさってください」


 そう言う話ではない。

 この必死さは自らの命惜しさではないのだ。

 だが、リップルは、ひたすらに平和への呼びかけを言うことしか出来なかった。


「ミヤビ様、お願いします。町の皆と、仲良く」

「……約束できません」


 ミヤビはたまらずに言った。


「ネーコスの死は、私に……いえ、我々にとって、大きな損失でもありました。誰とでも友達になれる。仲良くなれる。そう言う人でした。そうして平和を愛していた彼女を一方的に殺害されたことを忘れるなど、私達には出来ません。我々の誰にとっても、かけがえの無い友人であったのです。ですがリップル。努力はします。争いの無い様に、努力を」


 こうしてエイカーとリップルは町へと帰り、ミヤビの語った交渉の条件を伝えた。

 かくして、地球人と宇宙から来た『空人』達との、初めての会談。

 後に『道端会談』と呼ばれる最初の交渉が始まろうとしていたのであった。

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