第11話 対話への道

 大佐はでっぷりとした腹を持ち上げると、言った。


「発言させていただく。キャメールのロムッヒ大佐だ。はっきりと言わせてもらいますが、その少女が話した空人の話は荒唐無稽であります。が、もし、我々が攻撃した大型ミュータントが、その空人の操る巨人だったとしたなら、我々の攻撃がきっかけで戦端を開いてしまった可能性がある。そして、こうなった以上、もはや空人だろうが何だろうが、そんな話の真偽を論じている場合ではなくなった」


 ロムッヒ・ヤワーミズ大佐。

 キャメール戦車隊の指揮官であり、陸軍の幹部である。

 彼の顔、声、全てが先日のガイムル邸での態度とはまるで違う深刻さを持っていた。


「昨晩、大型ミュータント接近の報を受けて出撃した戦車隊の全滅は、我々からしても予想外でありました。考えられますか? 鉄の装甲を持ち、キャタピラによる機動力で猛進し、強力な砲で岩石すら破壊する、あの戦車が全滅したのですぞ? ミュータントが戦車に勝つ事など、私には想像もつかない。だが、負けた。指揮をしていた者は有能かつ、ミュータント退治では実績のある男だった。これが何を意味するのか」


 ロムッヒ大佐は傲慢だったが、町の危機に至った今となっては酷く冷静である。

 もちろん、公の場であると言うこともあるが、その表情は町を守るために必死に考えをめぐらせている一個人の、守るものが在って戦う男のそれだった。


「ミュータントではありえない。となると、ミュータントではない別の存在と戦って負けたのだと判断せねばならん。そして、敵が空人を騙るデッコイの新兵器である可能性も完全に否定することは出来んが、二本の足で立ち、走り、跳び、鋼鉄を切り裂く武器を振るう機械仕掛けの巨人など、聞いた事があるかね? 地球人にはとても作れんよ。何よりも、デッコイ自身が人型の機械巨人が我々の兵器だと非難声明を出してきた。それがどうしても解せん」


 反論は無い。

 ロムッヒ大佐は続けた。


「昨晩の被害を見て、戦って追い出せと言う者はこの場にはおらんでしょうな。奴らの戦闘力は我々の想像を大きく上回る。正直言うと、町を焼いた光を放つあの空飛ぶ城に対して戦いを挑むのは、今の状況では無謀であると判断する。この状況で話が通じるかは分からんが、まずは相手と交渉して、知るべきだ。相手のことを。相手が何をしに来たのかを。とは言え、それは私の専門ではないので他の者に任せる」


 付け加えるのは忘れない。


「もちろん、我々はいざとなれば町を守るために命をかけて戦う覚悟はある。キャメールからの意見は以上だ」


 しかし、どうすれば良いのか。

 冗談を言う者も誰もいない。

 とは言え、対応は急務である。

 と、その時、会議場で声が上がった。


「白旗を上げるなんてどうでしょうか」


 誰もが発言者の方を向いた。

 モノルド町長の隣に座っていた女性。

 それは、本来ならば発言する権限を持たない人間だったのかもしれない。

 だが、彼女は言った。


「すいません。あの、町長秘書のエイカー・フミカールです。白旗はもちろん、降伏と言う意味ではなく、停戦の申し入れと言う意味です」

「……それが通じると思うかね?」

「はい。あ、いえ、根拠は空人のおとぎ話です。もし、遥か昔に不思議な力で空に消えたと言う人々なら、地球の人のはずだと思いました。それにガイムル様のお嬢さん方の話もあります。やってみる価値はあると思いますが」


 危険であると誰もが感じた。

 しかし、その意見に対して「黙れ」と言うのは簡単だが、それを否定する言葉を吐くには代案が無さ過ぎた。

 何しろ、戦力に決定的な差があると、軍人の発言があったばかりなのだ。

 交渉以外に道は無い。


「では、それで行って見ましょうか」


 モノルド町長が決断する。


「白旗を掲げて近づいてみましょう。誰に任せましょうか」

「……私がやります!」


 リップルは大きな声でそう言った。


「私にやらせてください! 会って、真意を確かめたいと思います」

「しかし、どうやって行くかね? そこまでの距離はかなりあるぞ。子供の足では」


 リップルは車の運転が出来ない。

 頼りになるのは運転手――と、彼女は自然とユルリの方を向いていた。

 すかさず声を上げる女性。

 先程のエイカー・フミカールである。


「私が車を運転します。私が出した案ですし、子供だけに任せるわけにも行きません。いえ、本当なら、私一人で行きたいところなのですが、接触したことのある彼女は必要じゃないかなと思います。車に目立つように白旗をくくりつけて、彼女を乗せて。それでどうでしょうか?」


 トレント・ガイムルら大人たちは静かに娘達の決意の表情を見守った。


「リップルお嬢様、大丈夫?」


 こっそりと言葉を投げかけたユルリに対し、頷いてみせるリップル。


「ありがと。何とかやってみる。もう一回、ミヤビ様に会って、聞いてくるから。ユルリは待ってて」


 こうして、白旗をくくり付けた車に乗ったリップルとエイカー・フミカールは、郊外に停泊中の宇宙船へと向かったのだった。


――


「リップルちゃん、怖くない?」


 車内でリップルは声をかけられていた。

 大人の女性の、優しい気遣いである。

 エイカーは年齢が30代に突入寸前、と言った女性であり、リップルから見れば年上の頼れるお姉さんに見えた。


 化粧はほとんどしていないが、それでも美人である。

 無謀な作戦の立案。自ら実行に移す勇気。その表情のなんと頼もしいことか。

 町長秘書なんて仕事をしていると言うのも納得である。


「大丈夫?」


 返事を忘れていたリップルは、再びのエイカーの声に、慌てて答える。


「大丈夫です。怖いなんて思いません」

「そ、そう」


 リップルの言葉にエイカーは微笑んだ。


「リップルちゃんは強いのね。私は怖いわ。だって、見てよ、あれ。ここからでも見えるでしょう?」

「……ええ。町に戻る時は、運転手に任せて眠りこけていましたから気にする余裕もありませんでしたけど、かなり大きいですよね」


 行く手に見えるのは巨大な建造物だった。

 ヴィルボリーの町より10数キロ。

 宇宙から来た『空人』の大型船が大地に停泊しているのである。

 実際の大きさは全長800m、全高100m超。

 地球人にとっては、まさに突如として出現した城だった。


「あれ、空を飛んでたって噂もあるし」

「そうなんですか? あんな大きいものが……」


 リップルは自分の肌に張ってあるシートに触れた。

 もう、痛みは無い。

 こんな魔法みたいなものを扱えるなら、どんなことがおきても不思議ではないのかもしれない。


 と、その瞬間、車は行く手をさえぎられた。

 複数体の美しき機械巨人、DOLLである。


『そこの車輪で動く機械! 止まれ! 地球人だな?』


 すぐさま停車した車から出るエイカー。


「そ、空人様ですか! 私は、ヴィルボリーの町から来ました! こちらに交戦の意思はありません!」

『何を今更。よくもまぁのこのこと来たものだ。しかも白旗などと。悪いが問答無用で殲滅させてもらう。美しく散りたまえ、地球人』


 ギョッとするエイカー。

 リップルがたまらずに叫んだ。


「ミヤビ様を! ミヤビ様を呼んでください! 私はリップルです! 彼女の友人です!」

『ミヤビ? キューエトラ代表のか? 友人とは……キューエトラの平和バカどもめ。少し待て!』


 どうやらリップルを連れてきたのは正解だったらしいと、エイカーは胸をなでおろす。


「リップルちゃん、ありがとう。ごめんね」

「いえ、自分の意思で来ましたから」


 しばらくして、リップルが見たことのあるDOLLが城から地上に現れると、その場に跪いて、コックピットを開けた。


「リップル。怪我はどうですか?」

「ミヤビ様……!」


 美少女の登場である。

 ミヤビ・ハーゼビィの昨日とは変わらない美しさに、リップルはどこか安心のようなものを感じていたのだった。

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