第25話
なんじゃそりゃ。とんでもない過去をお持ちのようだな、電子……。
「で、話を戻すけどさ、あいつがお前に戦い方を教えたのか?」
「教えてくれたのは、怪物の性質とかコアのことについて、ですね。戦う時は、私が素早く動きさえすれば、釘バットが私を誘導してくれますから」
ふむ。そういうものか。ミニバンが爆発した時も、バットを振り回すか何かして炎から自身の身体を守ったのだろう。
「で、これからどうする? 今日はもうこんな時間だが……」
俺は自室の壁掛け時計に目を遣った。つられて桃子がそちらを見ると、
「きゃ! もう午後十一時!」
「泊まってくんだろ? 慌てるなよ」
俺はちょうど夜食を持ってきてくれた杉山さんに尋ねた。
「すいません、お風呂の準備、できてます?」
「はい。お二人一度に入れるだけのお湯を張っております」
「あ、ありがとうございます。って、え?」
二人一度?
「あのー、杉山さん?」
「何でしょう、竜介様」
「二人って……。誰と誰のことですか?」
「無論、竜介様と桜坂様のこと――」
「ちょっと待ったあああああああ!!」
俺と桃子は同時に叫んだ。
「なんで!? どうして俺がこんな奴と一緒に風呂に入らなきゃならないんですか!?」
「そっ、そうよ!! 杉山さん、何考えてるんですか!?」
すると杉山さんは、
「おや、ご不満でいらしゃいましたか? てっきりお二人はそういう関係かと――」
「ちっがーーーーーーーう!!」
声を上げるタイミングが一緒だったのと相まって、俺と桃子は視線を交わした。
と同時、ぽすん、と桃子の真っ赤な顔から煙が上がった。きっと俺も同じような顔をしていたんじゃないかと思う。俺はさっと顔を背け、杉山さんに向き直った。
「杉山さん、冗談はやめてくださいよ……」
「いえ、冗談のつもりではございませんでしたが?」
今さらながら思ったのだが、杉山さんは意外と天然なのか? いや、それより杉山さんにそんな誤解を与えてしまった俺たちがおかしかったのか。いずれにせよ、俺の次の言葉は決まっていた。
「桃子、さっさと入ってさっさと寝ろ。疲れてるだろ?」
「まあ、何にもしてない先輩に比べれば疲れてるでしょうけど」
余計なお世話だ。
「では桜坂様、お風呂へご案内いたします」
俺のうち……というかマンションは、十階の全フロアが俺の居住スペースとなっている。俺は肩を竦めながら、涼たちのいる小部屋に戻り、風呂が沸いたことを知らせた。と言っても、入れるのは北郎だけだったが。
俺はホストとしての立場から、桃子の次には北郎に入ってもらうことにした。二人とも俺に気を遣ってくれたらしく、すぐにあがったようなので、俺はゆっくりお湯に浸ることにした。
「はあ……」
浴槽に入って一息。掌で顔面を拭う。
風呂に入っていると、走馬燈みたい、とは言わないだろうが、いろんな考えが頭をよぎり始めるから不思議だ。何よりも引っかかったのは、杉山さんの以前の言葉だった。
「俺にしかできないことを磨く、か……」
桃子はこんな俺、すなわちフィクサーである俺を貴重だと言ってくれたし、俺自身の存在意義はやはりあると思う。
なんとか、それを戦いに活かせないだろうか。皆の役に立つような使い方ができないだろうか。
「ふう……」
俺はため息をつきながら、考えを張り巡らせた。
※
翌々日の月曜日。
「やっぱり通うのか、桃子? 今日が入学式だが……」
「ええ」
フィックスされたジャージ姿で、桃子は頷いた。少しばかり右足を引きずり、左腕には力が入らない様子だが。かく言う俺も、制服のブレザーに袖を通して玄関に向かっていた。緊張状態を強いられたせいか、少し全身がだるい。
「な、なあ、桃子」
玄関のドアノブに手をかけた桃子に向かい、学生シューズに踵を突っ込みながら、俺は尋ねた。
「もうエンターテイナーは、俺みたいなフィクサーでも容赦しないかもしれない。俺がお前の盾になってやることはできないぞ?」
「大丈夫です」
桃子はキッパリと言い切ったが、俺の懸念事項は消えない。
「逃げてくる間に、きっとつけられたぞ。このマンションやお前のうちも危ないかもしれない」
「大丈夫ですってば」
いつになく落ち着いた様子で、桃子はドアを押し開けた。
「そんな、何を根拠に――」
「あの山荘のホールで戦った時、エンターテイナーは自ら手を下して、私たちを皆殺しにすることもできたはず。それをしなかった、ってことは、きっと何か戦いの場を用意しているんだと思います」
「戦いの、場……」
確かに、あの時のエンターテイナーは、涼を殺すことをシュワちゃんに命じただけだ。自分の攻撃を俺たちに喰らわせようとはしなかったし、一度雷撃を使った時も、桃子の接近を拒む程度の力しか使わなかった。
「やっぱり、俺たちの能力をまだ確かめようってのか」
「ええ。だと思います。あいつは、また向こうから仕掛けてきます」
「それまでは普通の生活を送っていた方がいい、ってわけだな?」
桃子はこちらに横顔を見せながら、大きく頷いた。
この話を聞いていたのか、北郎も真剣な表情で玄関に駆け寄ってきた。後には杉山さんがいる。
「それでは、いってらっしゃいませ」
「涼のこと、よろしく頼みます」
俺は軽く頷くようにしてから、深々とお辞儀をする杉山さんを後に、ドアを閉めた。
北郎とは、マンションのメインエントランスを出た直後に別れた。北郎は六波高校だったな。方向が逆だ。俺と桃子は並んで歩きながらも、交わす言葉は少なかった。
校門に近づくと、突然背後から声をかけられた。
「ちょっとモモちゃん! どうしたの、その頬っぺた!」
振り返ると、一年生の校章をつけた女子生徒が桃子に追いつくところだった。
「ああ、これ? ちょっと転んじゃって」
「大丈夫? 何だか足も痛そうだけど……」
「うん、転んだ時に、ね」
「登校しても平気なの? 何なら保健室に……」
どうやら桃子は、早速童顔パワーを発揮して人気者になったらしい。やはり以前、俺が桃子のような明るい奴がいてくれてよかった、と思ったのは間違いではなかったようだ。
「桃子、放課後に文芸部室でな」
俺はそれだけ告げて、自分は先に歩きだした。
「誰? 今の?」
「文芸部の先輩」
「え? でも文芸部って、何年か前になくなったんじゃないの?」
余計なお世話だ。
※
そして、放課後。
「……」
「……」
俺たちは黙り込んだまま、指定席に腰を下ろしていた。俺は廊下側に、桃子は窓側に。桃子は例のバトルアクションのラノベを読んでいる。
俺がふっ、と息をつき、背もたれに寄りかかっていると、桃子が顔を上げた。
「ねえ、滝川先輩」
「あん?」
俺は肘をテーブルにつけ、掌で顎を押さえるポーズのまま気のない返事をする。
こんな緊張状態で、よく読書なんかに集中できるよな……。俺が称賛半分、呆れ半分で顔を上げた、その時だった。
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