第15話

「おっと!」


 俺はスピードの乗ったチャリから飛び降りるようにしてフィールド内に飛び込んだ。

 随分と広いフィールドだ。するとそこには、既にシュワちゃんと涼と北郎の3人が控えており、あちらこちらに自分の得物を向けている(北郎はおどおどしているだけだったが)。

 怪物の影は、今はまだ見えない。

 それよりも問題は、民間人が十名弱、フィールド内に取り残されていたということだ。


「こ、ここって……」


 彼らは外界の、というより一般の空間から既に隔離されているので、俺たち同様に動き回ることができる。皆困惑した様子で、壁に触れたり、その壁の向こうに呼びかけたりしている。俺は一番近くにいたシュワちゃんに声をかけた。


「おい、状況はどうなってる!?」

「このフィールドを展開したのは僕らじゃない。直に怪物が出てくるぞ!」


 また怪物か。今度は一体、何に化けるつもりだ?

 俺が視線をあちこちに遣り始めたその時、


「ねえ、佳奈ちゃん!」


 悲鳴に似た声が聞こえてきた。民間人の中年女性が、壁を掌で叩きながら遠くに呼びかけている。視線の先では、小学生くらいの女の子が、笑顔で駆けながら女性を振り返っていた。

 また別方向に目を配ると、


「何なんだよ、これ!?」


 若い男性が、壁を軽く殴ったり、蹴ったりしていた。そばには恋人さんらしき若い女性がいて、恐る恐るあたりを見回している。


「ちょ、ちょっと!!」

「うわ!?」


 先ほどの母親が、俺の胸倉を掴み上げるようにして迫ってきた。


「佳奈の、娘のところにいけないんです!! どうなってるんですか!? 助けてください!!」

「い、いや、俺に言われても……」


 と言葉を濁した、その直後だった。


「!」


 俺たち怪物殲滅部隊の面々が、はっと異変に気づいた。


「来るわよ!!」


 涼の声が轟く。すると、俺のすぐそばで、黒い塵が渦を巻き始めた。以前見かけた、怪物出現時の異変だ。

 その塵はあっという間に形を成した――アリだ。ただし、体長は50センチほどもある。その牙からは唾液が滴り、俺とおばさんを狙っているのは明らかだ。

 俺の身体は、経験にしたがって動いた。


「おばさん、伏せて!!」


 俺はおばさんを突き飛ばすようにして倒れ込む。しかしその時、


「ぐあ!?」


 地面の凹凸に、つま先が引っかかった。

 おばさんはアリの攻撃範囲から外れただろうが、俺は……!

 俺が顔を上げると、まさにアリが飛びかかってくるところだった。まともに動けない俺は、せめてもと思い後頭部に手を当てる。数瞬後には、俺の背中はアリの牙に切り裂かれるだろう。

 くそっ、こんなところで……!


 そして、衝撃が俺を襲った。

 ただし、それは背中に走る痛覚、ではない。今や聞き慣れた銃声だった。

 さっと顔を上げる。アリがいない。否、すぐわきに吹っ飛ばされたのだ。元々頑丈な造りではなかったのだろう、真っ赤なコアもまた、見事に破砕されていた。


「大丈夫か、滝川くん!」

「あ、ああ!」


 シュワちゃんに応答する俺。だが、そんな俺の視界に入ってきたのは、まさに戦場だった。怪物は、一気に複数現れたのだ。こんなこと、今まではなかったはずなのに。

 シュワちゃんの視線の先では、アリとは比較にならない規模の黒い塵が渦を巻いている。油断なく銃口を向けるシュワちゃん。

 その塵が成したのは、蛇だった。ただし、アオダイショウのようなその辺の蛇ではない。巨大化したキングコブラだ。体長は、とぐろを含めて20メートルはあろうか。そしてその体躯は異様な太さを誇っており、舌をチラチラと見せつけながら、テレビの砂嵐のような鳴き声を上げている。


「そっちは任せたよ、片桐さん!!」

「でしょうね!!」


 ロータリーの反対側を見ると、そちらにはテニスラケットを握った涼と、巨大なザリガニがいた。高さ二メートル、体長七、八メートルといったところか。


 こんな巨大な怪物に囲まれた経験はない。俺は誰にともなく、声を上げた。


「俺は? 俺はどうしたらいい!?」

「民間人の避難誘導だ!」


 とシュワちゃん。


「ひ、避難誘導って……」


 すると、北郎がもごもごしているのが視界に入った。そうか。北郎を見習えばいい。俺はロータリーを回り込むようにして、北郎のそばへと駆け寄った。


「北郎! 避難誘導って、どうすればいいんだ!?」

「え、えと、皆さん、建物のそばに寄って……」

「はあ!?」


 よく聞こえない!


「建物に背中を……。怪物から離れるように……」

「馬ッ鹿野郎、そんな声で周囲に聞こえるわけねえだろうが!!」


 勢い余って、俺は北郎を小突いてしまった。よろよろと後退する北郎。

 だが、お陰で避難誘導の仕方は分かった。俺は手でメガホンを作りながら、


「皆さん、落ち着いて聞いてください!! 建物のそばに寄ってください!! 駅舎、そこのケーキ屋、向かいのスポーツ用具店、どこでも構いません!! 急いで!!」


 すると、北郎同様におどおどするしかなかった民間人たちが、徐々に怪物から距離を取り始めた。


「そうです、建物の方へ……」


 と再び言いかけた時、


「どわっ!?」


 俺は自分のシャツの裾が思いっきり後ろに引かれるのを感じた。


「何すんだよ北郎!!」


 と叫んだ直後、俺が今まで立っていた空間を、何かが通過していった。

 シュワちゃんだ。ごろごろと地面を転がり、歩道の看板に叩きつけられてようやく停止する。


「だっ、大丈夫か!!」


 北郎を無視して俺はシュワちゃんに駆け寄った。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 シュワちゃんは息を切らしながらも、俺を無視してくるり、と反転、電柱の陰に入った。慌てて拳銃をリロードする。しかし大蛇は、


「くっ!!」


 その隙を与えまいと、ひゅっと首を伸ばして電柱を噛み砕いた。粉塵の中、慌てて次の遮蔽物を探すシュワちゃんの気配がする。しかし、次の大蛇の攻撃は的確だった。そうだ、蛇は視覚よりも温度差で獲物の位置を測るのだ。これではシュワちゃんが……! 


 と思ったまさに次の瞬間だった。


「ぐはあっ!!」


 シュワちゃんが、大蛇の強靭かつしなやかな体躯に突き飛ばされた。派手にガラスが砕け散る音を立て、背中からスポーツグッズ店に突っ込む。弾かれる直前に左腕で頭部を覆い、致命傷を避けたようだが、その腕は大丈夫だろうか。


「シュワちゃん!!」


 俺がそばに辿り着いた時には、既に左腕はあらぬ方向に捻じ曲がっていた。


「くっ……」


 シュワちゃんの身体はもうもたない。鋭い眼光で大蛇を睨みつけているものの、彼はもうボロボロ。シューターの弱点がもろに出た様子だ。

 コンバットスーツはあちこちが破けて血が滲み、額は切れて、赤い筋が頬を伝って、砕けたガラスの上に滴っている。

 大蛇の方は、流石にシュワちゃんの反撃を警戒してか、すぐに追撃する様子はなかった。しかし、その眼光からは、確かに殺気のようなものが感じられる。


 俺はどうしたらいい? シュワちゃんの身体を癒すことはできないんだぞ? 頭を使え、滝川竜介。今までの皆との会話、怪物の行動パターン、何かしらヒントがあるはずだ。


 おそらくほんの数秒間のことだったのだろうが、俺には時間の感覚がなかった。 考えろ、考えろ、考えろ――!

 そして俺は、一つの作戦に思い至った。『作戦』というにはあまりにもお粗末だが、これしかない。

 意を決した俺は、シュワちゃんと大蛇の間に、丸腰で立ちはだかった。フィクサーは狙われない――それを信じたのだ。


「どくんだ竜介くん! 危険すぎる!!」


 シュワちゃんが掠れ声で呼びかけるが、


「黙ってろ! リロードするんだろ!?」


 そう叫びながら、俺は頑として動かない覚悟だった。

 視線を大蛇と合わせる。確かに、その真っ赤な目は、攻撃をためらっているようにも見えた。だが、視線を逸らしたら俺は『死なない程度に』吹っ飛ばされ、後方のシュワちゃんは止めを刺されてしまうかもしれない。

 俺は強く、奥歯を噛み締めた。

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