第14話
どんな地雷なのか分からないが、とにかく話題、そうだ、話題を変えなければ。
「なっ、なあ、桃子?」
「はあ」
間抜け顔のまま、桃子は返事をした。しかし、真顔だ。あれだけ喜怒哀楽を表現するのに惜しみない桃子が。目を真ん丸に見開いて、完全に機能停止に陥っている。
それはいいとして、話題だ。話題を生み出すんだ。動け、俺の脳神経! 働け、俺のシナプス!
「えーっと、あれだ、その……」
「はい?」
えーっと、えーっと、えーっと、あーもうどうにでもなれ!!
「俺は腹が減った!! 誰か俺と一緒にコンビニ行く奴、挙手!!」
「……」
「……」
「……」
「はい。行ってまいります」
俺はカクカクと機械じみた動きで、桃子の家を一旦後にした。
※
翌日。
桃子の過去を話題に上げてはならない。俺はそれを認識しながら、コンビニ弁当にパクついていた。起床時刻は11時、朝飯だか昼飯だか分からない。
今日は土曜日。学校は休みだ。一時的にとは言え、桃子のそばから離れられるのは幸いだった。もしかしたら、本当にもしかしたら、だが、俺は彼女の心の生傷に塩を塗り込むところだったかもしれないのだ。
「かくいう俺も、実質独り暮らしなんだよなあ……」
最後のから揚げを頬張りながら、俺はあたりを見渡す。十二畳の、やたらと広いリビング。その清潔的なテーブルに弁当を載せ、椅子に腰かけながら、ぼんやりそんなことを思った。
俺の親父は一流企業の商社マン、お袋もまた一流の分子生物学者。早い話、二人とも出張でほとんど留守なのだ。ただ、金回りのよさだけは流石だった。だからこそ、こんな一人の高校生に過ぎない俺が、こんな暮らしをしていられるというわけだ。
「お坊ちゃま、食後の紅茶をお持ちいたしました」
「ちょっと『お坊ちゃま』は止めてくださいよ、杉山さん。いくら執事さんだからって、俺、かしずかれるのは苦手なんですってば」
俺の右側から紅茶を差し入れてきたのが、執事である杉山巌さんだ。両親が一件屋を売り払い、俺用にこのマンションを購入してから、ずっと俺の世話を焼いてくれている。
「では、竜介様。せめてお宅にいらっしゃる時だけでも、お食事はバランスのよいものをお取りください」
「でも、杉山さんに料理の手間までかけさせるのは……」
俺はどうしたらよいか分からず、後頭部を軽く掻いた。
俺の両親が長期間の出張(を兼ねた別居)を始めたのは、俺が中学三年の頃だ。つまり、俺と杉山さんの付き合いは、およそ二年間。十五歳まで、極めて多忙な両親の間で育った俺に、礼儀作法やら習い事やらのスキルはない。
当然ながら、杉山さんのように、自分に尽くしてくれる人間に出会ったのは初めてだった。
あれから二年経ったが、お坊ちゃまになるにはあまりにも遅すぎた。また、両親からは時々絵葉書が届く程度で、ろくに会話もしていない。国際電話もSkypeもあるのに、だ。
要するに、両親からみて滝川竜介なる息子は、その程度の人間だったということだ。
「あの、杉山さん」
「何でしょう、竜介様?」
「変なこと訊きますけど……。杉山さんは、俺の両親のこと、知ってるんですよね」
「存じ上げております」
竜介様ほどではございませんが、とのこと。
「じゃあ、親父やお袋が俺のことをどう思ってるか、ってことも?」
すると老執事は軽く腰を折り、
「申し訳ありません、そこまでは存じ上げておりません。しかし、何故そんなことをお尋ねに?」
「いや……。最近、俺って存在価値あるのかなあ、なんて思って」
それを口走った時、俺の脳裏には、桃子やシュワちゃんたちのことがよぎっていた。
俺はあまりにも無力だ。モモの出血1つ、止めてやることができない。
「今年度になってから知り合った友人たちなんですが……。皆頑張り屋なのに、俺だけ何もできなくって。そんな息子だから、親父もお袋も愛想を尽かして……」
「ふむ」
杉山さんは顎に手を遣ってしばし、沈黙した。別に責めるつもりはないが、これは執事というより、一人の相談者としての態度だった。
俺は心のどこかで、『自分が無力だ』ということに対して否定的な意見を杉山さんに求めていたようだ。『そんなことはありません!』と即答しない杉山さんに、俺は僅かな怒りと微かな不安を抱いた。否定してくれれば俺も気が楽なのに。
だが、それ以上に大きな感謝の念を覚えた。簡単に否定できるほど、軽い問題ではないと捉えてくれているという、何よりの証拠だ。
「わたくしも竜介様くらいの年頃は経てきておりますゆえ、何某かヒントになるようなことを申し上げようと考えているのですが……」
「はい」
俺は律儀に相槌を打った。
「そのご友人というのは、竜介様にはどうしてもできないことをやっておられるのですか?」
首肯する俺。詳細を話す気はないが、俺はフィクサーだ。ブレイカーやシューターのように戦えるわけではない。
「では竜介様、あなたにしかできないことは、ございますか?」
「えっ?」
俺は一瞬呆気に取られたが、確かに、エンターテイナーの言葉を信じるならば、フィックスができるのは今のところ俺だけだ。確かに、『自分にしかできないこと』として挙げられるのは、やはりフィクサーという任務だろう。
「ま、まあ、俺にしかできないこと……あるにはありますけど」
「それはよかった」
今までの気難しい顔から一転、杉山さんは顔の皺を深め、ゆっくり微笑んだ。
「でも、だからって俺にどうしろっていうんです?」
「その力を磨くんです」
「力を、磨く?」
珍しく無言で頷く杉山さん。その顔には、何かまぶしいものを見つめるような気分があった。
「努力です。第一歩を踏み出すのです。人間、行動しなければ何も起こりません。しかし、努力してみれば自信がつくし、自信がつけばもっとやってみよう、という気になる」
その最初の一歩が難しいのですがね、と杉山さんは付け加えた。
「いやはや全く、この歳になっても難しいものは難しいのですよ」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる。エンターテイナーも穏やかな性分ではあるようだが、杉山さんは、何というか、俺の成長や俺そのものを自然体で受け止めてくれている、という気がする。
「まずは行動してみることですな。そうすれば――」
と杉山さんが述べようとしたその時だった。俺のスマホに着信が入った。発信者は、『榊電子』。
「ああ、すみません、杉山さん。どうした、電子?」
《滝川殿、非常事態でござる!!》
「な、何だよ非常じた――」
《直ちに中央駅前ロータリーに直行し――》
と言ったところで、電話は切れた。
「おい、どうした? もしもし?」
何だったんだ、と思いながら目を上げると、
「あれ? 杉山……さん?」
老人が固まっていた。はっとして窓の外を見ると、雲も木の葉も泳いではいない。
「あ、チックショウ!!」
俺は自分の愚鈍さを呪った。怪物が出現してフィールドが展開されたんじゃないか!
何か準備をしていこうと思ったが、自分には武器も何も持つべきものがないということに気づいただけだった。
思いっきり舌打ちをして、部屋を出る。どうやらフィールド外のものでも、能力者が動かそうと思えばできるようだ。だがさすがにエレベーターは機能しないだろう。俺は非常階段の扉に体当たりするようにして、十階分の階段を一気に駆け下りた。
脳内で復習する。確か電子は、『駅前のロータリー』と言っていた。今まで怪物の出現のなかった場所だ。俺はチャリにまたがり、思いっきりペダルを踏みしめた。民間人が巻き込まれていなければいいが……。人も車も停止した中、俺はブレーキを一切かけずに、立ち漕ぎで現場に到着した。
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