(10)近衛騎士としての在り方

「皆、行くわよ! さっさと他のテーブルに移動しましょう!」

 その声で我に返った様に、他の二人が慌てて動き出す。

「あ、そ、そうですね。お邪魔しました!」

「じゃあアルティナさん、また後で! ごゆっくり!」

「……ええと」

(何も、全員で行かなくても……)

 自分のトレーを抱えて、バタバタと移動していく同僚達をアルティナが恨めしそうに見送っていると、その様子を微笑んだまま見守っていたケインが、わざとらしく問いかけてきた。


「ここ、良いよな?」

「どうぞ……」

 その有無を言わさない口調に、アルティナは何とか笑顔を保ちつつ答えた。


(この笑顔……、絶対怒ってるし! こんなのと二人だけにしないでよ!)

 あっさりと自分を置き去りにしてくれた同僚達に、彼女が心の中で恨み言を言っていると、ケインが持って来た料理を一口食べてから、さり気なく言い出した。


「白騎士隊の、入隊試験に関しての話を聞いた。明日だそうじゃないか」

「ええ、そうね」

 アルティナは(やっぱりその事か)と身構えながら話の続きを促すと、皮肉っぽい声がかけられた。


「それで? 何故かは分からないが、アルティナが相手をするんだって? 普通は隊長か副隊長が試験するそうだが。君にお鉢が回ってきた理由を聞いているか?」

 徐々にひんやりとした空気を醸し出してきた相手に、アルティナは密かに気合いを入れながら、冷静に言葉を返す。


「勿論、伺っているわ。リディア副隊長は王妃陛下に気に入られていて、明日の王都内の視察に同行する様に指名されたそうなの。あと最近の入隊試験の合格率が悪いのは、ナスリーン隊長が相手だと難易度が高いと、どこからかクレームが入ったみたいで……。最近入隊した私に勝つだけの力量があると示せば、合格という事にしたみたいね」

「ほうぅ? なるほど。一応、筋は通っているか。対外的にも十分言い訳はできるな」

 彼女の説明を聞いたケインはもっともらしく頷いたが、その皮肉気な口調と表情が、彼が決してその説明に納得していない事を、雄弁に物語っていた。


「アルティナ。明日の試験の相手は、素性がはっきりしない人物という事も聞いているか?」

「ええ。それも隊長から、説明を受けているわ」

「もし嫌なら、私からナスリーン殿と団長に掛け合って、回避させて貰うが」

 真剣な顔でそんな事を言い出したケインに、アルティナは僅かに驚いた顔付きになってから、すぐに冷静に言い返した。


「ケイン。一応私も、れっきとした近衛騎士団の一員のつもりよ? 隊長の命令には従うわ。試験官を務めるのも、れっきとした任務のうちではないの?」

 アルティナのそんな主張を聞いて、今度はケインが意外そうに軽く目を見張ってから、小さく苦笑する。


「参ったな。君に、近衛騎士としての心得を説かれる羽目になるとは、全く思っていなかった」

「生意気言って、ごめんなさい」

 アルティンとしてならともかく、素人同然と思われている自分に反論されて、さすがに良い気はしないだろうとアルティナが素直に謝ると、ケインは笑って首を振った。


「いや、アルティナは間違っていない。今回は十分注意するようにと、ここで言うだけにしておこう」

「ありがとう、ケイン」

 割と簡単に引いてくれて助かったと、アルティナが思ったのも束の間、すぐにケインが真顔になって言い聞かせてくる。


「だが……。万が一、大怪我をする可能性が出た時点で割り込んででも止めるから、そのつもりでいてくれ」

 そんなありがたくない宣言を聞いてしまったアルティナの顔が、僅かに引き攣った。


「ええと……、まさか当日、試合を見に来る気だとか……」

「当然だ」

「……少しは信用して欲しいわ」

 がっくりと項垂れたアルティナだったが、続くケインの台詞で顔を上げた。


「それから、これを持って行ってくれ」

「これは?」

 彼がトレーと一緒に持参し、今まで横の椅子に置いていたらしい、大きめの巾着袋をテーブルに置いた。更にその中身の説明をする。


「カーネル隊長に話をして、取り急ぎ揃えて貰ったんだ。彼は実際にアルティナに会った事があるから、サイズとかは分かっているからな」

「あの……、カーネル隊長って屋敷でお会いした、緑騎士隊の隊長さんですよね? 一体何を……」

 つい先日、アルティンとして顔を合わせたばかりのカーネルの名前を聞いて、アルティナがとぼけると、ケインは真剣な表情で話を続けた。


「アルティナは見た事は無いし使い方も分からないだろうが、中に説明書きも入っているから、今夜のうちに良く読んでおいてくれ」

「分かりました、貰っていきます。使い方もきちんと確認しておきますから」

「そうしてくれ」

 そうして袋を受け渡ししてから、ケインは幾つかの話をしながら手早く食べ終え、アルティナに別れを告げて立ち去って行った。

 それを見送ってアルティナが一息吐いていると、先程別のテーブルに移動した同僚達が戻ってくる。


「アルティナさん」

「あ、さっきはすみませんでした。食べている途中で、テーブルを移動する事になって申し訳ありません」

 慌てて頭を下げたアルティナだったが、周りはそんな事は気にせずに喋り始めた。


「良いわよ、それ位! だって、目の保養ができたもの!」

「え? 目の保養、ですか?」

 わけが分からず首を捻ったアルティナを見て、周囲の盛り上がりに拍車がかかる。


「もうー! アルティナさんったら、本当に分かって無いんだから!」

「美形同士で顔を寄せ合って見つめ合ったりして! 独り者に見せつけないで下さいよっ!」

「本当に仲が良いですよね! 羨ましいっ!」

「いたた……、いえ、別に、見つめ合っていたつもりでは。単なる世間話をしていたつもりですし」

(と言うか、結構殺伐とした話をしていたし、特に前半、ケインの怒りのオーラが半端じゃ無かったんだけど……。この人達、何をどう見たらこういう感想が出てくるわけ?)

 笑いながらバシッと勢い良く肩を叩かれたアルティナは、理解不能な周囲の反応に戸惑っていたが、周りはそんなアルティナに構わずに、ひたすら盛り上がっていた。


「くうぅっ! 自覚無し? 自覚無しなの!?」

「なんか最近、白騎士隊に限らず、騎士団内で結婚願望が強くなってますけど、絶対アルティナさん達のせいよね?」

「それはそうよ。アルティナさんが入隊後、食堂で何回も見せつけられてるもの」

「ようし、この機会に、少しでも好条件の男を捕まえてやるわ!」

「お互い、頑張りましょうね!!」

「当然よ! 抜け駆けは無しだからね!?」

(うん、頑張ってね、皆……)

 そしてアルティナはそんな熱く語り合う周囲を、生温かく見守った。


 それから連れ立って寮に引き上げ、自室に入って落ち着いてから、アルティナはケインから渡された布袋の中身の確認を始めた。

「ところでケインは、カーネルから何を預かってきたのかしら?」

 そう呟きながら袋の中身を一つずつテーブルに出していったアルティナだったが、全てを出し終わらないうちに苦笑の表情になった。


「なるほどね。だけどここまでフル装備をよこすなんて、カーネルも何を考えてるのよ。本当にアルティナが深窓の令嬢だったら、どうしてこんな物を身に付けなくちゃいけないのかと、疑問に思うに決まってるわ」

 そして最後に、何枚も重ねて折り畳まれた図入りの説明書を取り出し、楽しげに笑う。


「確かにど素人のアルティナにこんな物を渡したら、何をどう使うか見当も付かないと思うけど、懇切丁寧な説明書きなんて要らないから」

 しかしカーネルの懸念は尤もであり、好意はありがたく受け取るべきだろうと判断したアルティナは、素人が一見では使う用途が分からない品々を見ながら、不敵に笑った。


「ありがとう、カーネル。全部、有効に使わせて貰うわ」

 そして荒事必至の入隊試験に向けて、それから彼女はそれらが問題無く使用できるかどうかの確認を、黙々と執り行った。

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