(9)女同士の話

 リディアとの関係に関しては一向に改善の兆しが見られないアルティナだったが、それ以外の白騎士隊の者達とは良好な関係を築く事に成功し、寮や食堂で顔を合わせる度に、気軽に話をする仲になっていた。


「だけどアルティナさんって、本当に意外性の塊ですよね」

 その日も居合わせた女四人でテーブルを囲んでいると、唐突にそんな事を言われた為、アルティナは少々不思議そうに発言した彼女を見やった。


「え? 私って、そんなに変わっているかしら?」

「当たり前ですよ! だってれっきとした公爵令嬢じゃないですか。私達なんて裕福な商家とか、せいぜい子爵男爵クラス出身の、有力な後見が付かない人間ばかりですよ?」

「容姿にもそれほど恵まれていない者が殆どですし、近衛騎士団への入団は、いわば武芸を身に付けての箔付けとか、少しでも良い縁談を期待して入るものなのに」

「それなのに既に結婚してるって、それだけで規格外です」

「確かに、自分でもそうかもしれないとは思うけど……」

 その感想に「ですよね~」と周りが頷く中、アルティナはこれまでの自分の境遇を思い返した。


(同年配の女性との、こういう他愛も無いやりとりって、何だかそれだけで癒される……。公爵令嬢としての他家との付き合いなんてしていなかったし、アルティンとして夜会に出れば、肉食系のお嬢様達に狙われて、回避するのに精いっぱいだったし。騎士団は騎士団で、最初の頃、散々妬まれたり目の敵にされたりして、殺伐とした十代を送ったものね……。うん、感慨深いわ)

 しみじみとそんな事を考えていると、今度はアルティナの技量についての話になった。


「でもそもそも公爵令嬢なんかは、剣術なんか嗜みませんよね?」

「アルティナさんは、どうして剣を使えるんですか?」

 そう不思議そうに問いかけられたアルティナは、予め考えておいた、如何にもありそうな作り話を披露した。


「他の家ではどうか分からないけど、グリーバス公爵家は建国時に近衛騎士団への入団特権を与えられた位だから、男女共に基礎的な訓練を、幼少時から受ける事になっているの」

「そうなんですか!?」

「ええ。尤も、適性が無かったりやる気が無い者に対しては、すぐに訓練はさせなくなるのだけど」

「そうだったんですか……」

「全然知りませんでした」

 目を丸くして絶句している周囲を眺めながら、アルティナは小さく笑った。


(本当は姉さん達は、全然訓練なんかしなかったけどね。大体あの人達が武芸なんかに興味を持つ筈無いし、するわけ無いもの)

 そんな事は一言も漏らさずにアルティナが微笑んでいると、新たな質問が飛んだ。


「じゃあアルティナさんは、アルティン隊長と一緒に訓練を受けていたんですか?」

「ええ。でもさすがに兄と私では、すぐに技量に差が出てしまって。兄には専属の指導者が付いたけれど、私は自主練習だけ続けていたの。時折、兄が領地に来た時は、稽古を付けてくれたけど」

 それを聞いた周囲が、納得した様に頷く。


「それはそうですよね」

「だってアルティン隊長は、さっき話に出た入団特権でいきなり副隊長に就任しても、周りの方と遜色ない働きをされていた方だもの」

「ええ。父も兄に随分期待していて、その分、私は領地で放っておかれましたから」

「…………」

 さり気なく自分がアルティンとは別人と強調したつもりだったのだが、途端に周囲が何とも言えない表情で黙り込んだのを見て、アルティナは慌てて弁解した。


「誤解しないで下さいね? 私は兄の事を今でも尊敬していますし、邪険にされたとは思っていませんから。お茶会だ夜会だと血道を上げている母や姉の様な生活はできないと思っていたので、領地で好き勝手に暮らせたのは、寧ろ良かったと思っているんです。父もそれは理解していたので『お前が格式の高い家に嫁ぐのは無理だ』と諦めて、格下のシャトナー伯爵家との縁組みを整えてくれた位ですし」

 一気にそう告げると、周囲の者は呆気に取られた表情になってから、得心がいった様に頷き合った。


「なるほど……、そういう事情だったのね」

「皆、不思議に思っていたんですよ。普通なら公爵令嬢が伯爵家に嫁ぐなんて、あり得ませんし」

「だからよほど不器量で、貰い手が無いのかと思って」

「ちょっと、幾ら何でも失礼よ?」

「でも直にアルティナさんを見たら、どう見ても美人ですし、理由が分からなかったんですよ」

「そうそう! あのアルティン隊長と酷似した、凛々しい系ですよね!?」

「そうですか? 私としては、やはり兄の方が整った顔立ちをしているかと思いますが」

 少しヒヤッとしながら言い返すと、深く突っ込む気は無かったらしい彼女達が、明るく笑って応じる。


「それはそうですよ。どう考えたって男女差はありますし」

「確かに似てますけど、同性の双子までは似ていませんよね」

「一瞬、アルティン隊長かなと思いますけど、よくよく見れば違うって分かりますから」

 口々に断言する彼女達に笑顔を向けながら、アルティナは密かに冷や汗を流した。


(同一人物なんだけど……。思い込みと些細な違いを強調するのは、本当に重要だわ)

 そして慎重に話の流れを窺いながら会話の合間に料理を口に運んでいると、話題が今度はシャトナー家に移った。


「だけどシャトナー伯爵家って、凄い理解がありますよね! 幾ら白騎士隊が人手不足だからって、結婚したばかりのアルティナさんを入隊させるなんて」

「そりゃあ嫡男を近衛騎士団に入れて、そのケイン様が二十代のうちに副隊長に就任する位だもの」

「だからアルティナさんは、私達の希望の星なんです!」

「え? どうして?」

 急に話題が変わった上に、勢い込んで言われた為、アルティナは怪訝な顔で問い返した。すると嬉々とした声が返ってくる。


「だってこれまで白騎士隊所属の人間は、結婚したら除隊するのが当然って認識されてたのに、いきなり既婚者が入隊しちゃったんですよ?」

「それがどれだけ衝撃だったか分かります? しかもそれが、れっきとした元公爵令嬢で、伯爵家の嫡男夫人ですよ?」

「これはあくまで噂だけど、高位貴族の中でもあまり容姿に自信の無いご令嬢が、下手な所に嫁がされて不遇な人生を送るよりは、王宮に出仕して安定した生活を送ろうと武芸の鍛錬を始めたとか」

「その話は私も聞いたわ! 未だに女性は官僚にはなれないし、女官を除けば近衛騎士団は数少ない女性の公職だもの。除隊時に纏まった一時金も頂けるし、王宮勤務をしてたって事で、信用も段違いだし」

「白騎士隊所属の人間は、過去近衛騎士団の隊員や王宮に出入りする商家の関係者と結婚する事が多くて。結構好条件の相手を掴めるんですよ!」

「でもさすがに結婚したら除隊が前提でしたが、アルティナさんがいたら少しでも長く勤められそうじゃ無いですか。既に前例になっちゃってるんですから」

「え、ええと……、そうなるかしらね?」

 かなり非常識で無理を通したと自覚がある自分の仕官が、預かり知らぬ所で予想外の余波を生じさせている事を理解したアルティナは、微妙に顔を引き攣らせた。


「さすがに子供ができたら難しいと思いますけど、それまでは私達や他の人達の為にも、できるだけ長く続けて下さいね?」

「そうですよ。結婚しても勤務が続けられるなら、それだけ長く実家に仕送りができますし、あそこの家は娘を王宮に出仕させてるって、触れ回る事ができますし」

「うん、信用度が段違いだもの」

「はぁ……、なるほど。そういうものですか」

 周囲の迫力に押されて頷いたものの、アルティナは小さく溜め息を吐いた。


(私が入隊した事によって、知らない所で変な風に影響が出ていたのね。まあこれは、なるようにしかならないと思うし、意識改革と言う面ではそれなりに効果があったとは思うけど)

 かなり他人事として捉えて現実逃避を図っていたアルティナの耳に、ここで唐突に聞き慣れた声が聞こえた。


「失礼。食事中なのは分かっているが、席を譲って貰えないだろうか?」

「え? 幾ら何でも失礼じゃ……、シャトナー副隊長!?」

「げっ」

 話に盛り上がっていた一人が、不機嫌そうに断ろうとして顔を上げた瞬間、そこにケインが立っているのを見て驚いた声を上げた。それはアルティナも同様だったが、長い付き合いであるが故に、笑顔の彼が実は不機嫌なのを悟って、小さく呻く。

 そんな多様な反応を示す彼女達を見下ろしながら、ケインは傍目には笑顔を振り撒きながら申し出た。


「本当にすまないね。アルティナの姿を見かけたものだから、食べながらでも話をしたくて。私の両親が『アルティナをいきなり寮生活させるのは心配だ』と言っていたから、どんな様子か聞いておきたかったし」

 それを聞いたアルティナ以外の者達は、揃ってその話に食い付いた。


「それじゃあやっぱりアルティナさんの入隊や入寮は、シャトナー伯爵夫妻はご承知の上での事なんですね?」

「当然だよ。我が家は何事もやるなら最後までやり通す主義だし、王室への忠誠心も他家に引けを取らないと自負しているから」

「はぁ……、凄いですねぇ」

「本当に貴族の中でも、凄い革新的な家ですよね。アルティナさんの嫁ぎ先に、グリーバス公爵が選んだ理由が良く分かりました」

 そう感想を述べた中の一人が、そこで気付いた様に慌てて立ち上がり、周囲を促した。

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