(7)擬態炸裂

「お恥ずかしい話なのですが、実は私は侍女共々、昨日から屋敷内での飲食を止められているのです」

「は?」

「止められて、って……」

「アルティナ殿?」

 いきなりアルティナが口にした予想外過ぎる内容に男達は揃って目を丸くしたが、次のアルティナの話を聞いた途端、全員が顔付きを険しくした。


「一昨日の話なのですが、私にジェスター侯爵クレスタ様との縁談があるからと、侯爵邸に母に連れられてご挨拶に伺いましたの」

「なんですって!?」

「あのエロぶ、ふぅぐっ!」

「ちょっと黙って、彼女の話を聞け!」

「それで、どうしたんですか?」

 中でもケインとサイモンは勢い良く立ち上がって問い詰めようとしたが、レスリーとトーマスが彼等を取り押えて言い聞かせた。そして先を促されたアルティナは、わざと気落ちした風を装って話を続ける。


「それが……、先に母が帰って、侯爵様と二人きりでお話をしていましたら、急に侯爵様がお休みになられてしまって……。暫く待ってみたのですがお目覚めにならないので、使用人の方にお願いして馬車を出して貰って屋敷に戻りました」

 そうアルティナが口にした途端、そのテーブルになんとも言えない安堵感と疲労感が漂った。


「……それは幸運でしたね」

「アルティナ殿! それでは何もされなかったんですね?」

「はい。私、何もせずに帰りましたので」

「いえ……、そういう意味ではないのですが」

「え?」

 勿論、アルティナにはケインの言っている意味は分かってはいたものの、わざとずれた反応を返した。そんな二人を見たトーマスが、笑って宥める。


「落ち着け、ケイン。この様子なら、本当に何もなかった筈だ」

「クレスタ殿は女遊びが祟って寝不足だったのか? なんにせよ、アルティナ殿には幸運だったな」

 レスリーも苦笑いで感想を述べたが、次の彼女の話を聞いて全員再び険しい顔付きになる。


「そうしましたら、昨日クレスタ様が我が家にいらっしゃいまして、私がジェスター侯爵家に伝わる勲章を盗み出したからさっさと返せと仰られたのです」

「なんだと!?」

「それは聞き捨てならないな」

「私、誓って申し上げますがそんな物は全く存じ上げませんし、目にしてもいません」

 今にも泣き出しそうな表情を取り繕ってアルティナが哀れっぽく訴えると、男達は力強く頷き合った。


「勿論、この場にあなたを疑う者などいませんから、ご安心ください」

「しかしなんなんだ? 言いがかりにも程があるぞ」

「これは、俺の推測だが……。ひょっとしたら最初から、ジェスター侯爵は世間知らずのアルティナ様を嵌めるつもりだったのではないかと思う」

「デニス?」

 突然重々しい口調で言い出したデニスにその場の全員が視線を向けると、彼は難しい顔のまま尤もらしく述べた。


「勲章が修復不可能な壊れ方をした。もしくは盗難にあって所在不明なのを誤魔化すために、アルティナ様の来訪を利用する事にしたのではないか? アルティナ様は公爵家内で冷遇されているから、難癖を付けてもそれほど影響は無いと考えそうだし」

 その嘘八百の話を聞いた面々は、たちまち義憤に駆られた表情になった。


「……許せん」

「同感だ。何の非もないご令嬢に恥をかかせるなど」

「言語道断だぞ!」

 男達は口々にクレスタに対する悪口雑言を口にし始めたが、ここでアルティナが困ったようにデニスに言い聞かせた。


「デニス。あまり推測で物を言うのは、止めた方が良いわ。クレスタ殿は本当にお困りなのですから」

「ですが、アルティナ様」

「クレスタ殿は物を知らない田舎娘の私にも、懇切丁寧に秘蔵の絵画を見せて解説してくださいましたもの。それなのに私の反応が鈍くて、興醒めしてお休みになってしまったのでしょう。その後に偶々勲章の紛失が明らかになって、八つ当たりしたくなったのよ。すぐに誤解は解けるから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

 アルティナが苦笑しながらそう口にすると、周りの者達は何とも言い難い顔で黙り込んだ。そんな周囲の反応を見ながら、デニスは盛大に溜め息を吐いて彼女に言い聞かせてみせる。


「アルティナ様……。今の突っ込み所満載の台詞へのコメントは控えますが、現にそのせいであなたは公爵夫妻から余計な騒ぎを引き起こした罰だと言いがかりを付けられて、食事を止められてしまったんですよ?」

「ええ。ですから反省しています」

「何をどう反省するんですか。あなたに非はありません」

 そんな風に『深窓のお嬢様と、彼女に仕える忠実な従者』の小芝居を演じていた二人の前に、陽気な声と共に注文した料理の皿が運ばれてきた。


「お待たせしました~! 臓物のルジャラ風煮込みと骨付き肉の甘辛照り焼き、川魚のハーブオイル漬け巻きで~す!」

「…………」

 庶民的すぎる料理を盛った皿がずらりとテーブルに並べられ、ケインたちが小声でデニスを責めた。


「おい、デニス! お前、仮にも公爵令嬢に、なんて物を食わせるつもりなんだ!?」

「見た目も食材も、庶民の食い物そのものだろうが!」

 そんな訴えを聞いたアルティナとデニスは、辛うじて顔が引き攣りそうになるのを堪えた。


(まさか連中が来るとは思ってなかったもの……。思いっきり食べたい物を頼んじゃったわ)

(この庶民の料理を嬉々として頼んだのは、この猫かぶりお嬢なんだがな)

 しかしこの場の気まずい空気をなんとかしようと、アルティナが他の面々に向かって説明した。


「あの……、確かに見た事がない物ばかりですが、それは私がデニスにそうしてくれと頼みましたので……」

「そうなんだ。俺としてはきちんと個室がある料理屋で、それなりの料理を食べて貰おうと思っていたんだが、アルティナ様が『せっかくだからお兄様がお友達と行っていた店で、食べていた料理を食べてみたい』と仰ったので、ここでアルティン様の好物を頼んだんだ」

 アルティナとデニスの説明を聞いて、男達は不承不承頷く。


「それにしたってな……」

「せめてもう少し、場所を選べよ」

「希望されたのなら、仕方がないが……」

「アルティナ様のような方には、難易度が高過ぎだろう」

「大丈夫です。お兄様が食べておられたのですもの。見た目は少々変わってますが、美味しいに決まっています」

 そう言って、実は結構空腹に耐えかねていたアルティナは早速スプーンを取り上げ、臓物煮込みの皿に手を伸ばした。すると周囲から、如何にも心配そうな声がかけられる。


「本当に大丈夫ですか?」

「アルティナ殿、無理無さらない方が……」

「無理だと思ったら、残して構いませんから!」

「ありがとうございます」

(ガタガタ五月蠅いのよ! こっちは空腹で気が立ってるのよ!? どうして人の目を気にして、食べなきゃいけないわけ!?)

 イラッとしながらもアルティナは笑顔を浮かべて礼を述べ、恐る恐るといった態を装いながらスプーンを口に運んで料理を咀嚼した。


「……美味しい」

 そうして短く感想を述べて微笑んだ、アルティナの演技っぷりに噴き出しそうになったデニスだが、どうにか笑いを堪えながら応じた。


「そうでしょう? 確かに見た目は少々悪いし、一見得体が知れないですが」

「それに、お料理が温かいのも久しぶり。いつもは冷たくなってるのを食べているから。……あつっ!」

「ほら、気を付けてください。これは温かいを通り越して、熱いですから。先にこっちを食べたらどうですか? これは手で掴んで食べる料理ですから、当然熱くないですし」

「手で食べるの!? どうやって?」

「ですから、ここをこう持ってですね……」

 そんな当人達にとっては、馬鹿馬鹿しい芝居をしながら二人は食べ進めていったが、それを眺めていた男達はある者は目頭を押さえて涙を堪え、またある者は心から同情する視線を送った。


「本当に、美味しそうに食べているな。こんな庶民的な料理なのに、よほど空腹だったのか……。れっきとした公爵令嬢なのに、不憫過ぎる……」

「とても上品とは言えない料理を、嫌がらずに口にするなんて。とても素直で優しい方なんだな」

「全くだ。普通の貴族令嬢なんかにこんな物を勧めたら、確実に激怒されるぞ」

 そんな事を囁き合っていると、ケインがさり気なく彼女に声をかけた。


「アルティナ殿、美味しいですか?」

「はい、とても!」

「それは良かった。それなら他の料理も、少し食べて見ませんか? こちらの揚げ物は、この近辺では有名なんですよ?」

 そう言って自分が注文した料理の皿を押し出してきたケインに、アルティナは嬉しそうに目を輝かせて応じた。


「まあ、宜しいのですか?」

「はい。遠慮無くどうぞ。それではそちらのお皿に、少し取り分けますから」

「ありがとうございます」

「あ、こら! 抜け駆けするな、ケイン!」

「この料理も美味しいですよ? この機会に食べてみてください」

「いや、これの方がアルティナ殿の口に合うと思うぞ?」

「まあ……。皆様、ありがとうございます」

 それからは皆がこぞってアルティナに色々な料理を勧め、既に知っているそれらの料理についての説明をさも初めて聞くように頷いて聞きながら、アルティナは機嫌良く食べまくったのだった。





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