(4)双方の規定路線

「ラウール。今、随分と面白い話を聞いた気がするが。私は健康体だから自然死などはそうそう望めないだろうし、そうなると私をあっさり殺せる手練れを雇ったのか? それとも毒でも入手したか?」

「申し訳ございません。今の物言いはあまりにも直接的で、物騒過ぎました。もっと正確に申し上げますと、元々存在しないアルティン様の存在を消し、あなた様には今後は本来のアルティナ様の名前で生きていただきます」

 その説明を聞いてもアルティナは笑みを消さないまま、茶化すように言い返した。


「表現は物騒ではなくなったが、内容が乱暴なのは変わりないと思うが? それにいきなりそんなことを言われて、私が『はい、そうですか』とあっさり了承すると考えているなら、お前は相当の楽観主義者だと思うのだが?」

 しかしラウールも、全く感情を感じさせない表情で言葉を重ねる。


「王宮には今日より三日後に、公爵様がアルティン様の死亡を届け出る手筈になっております」

「なるほど。ここまでの移動日数を見越しての計画か。ここについてすぐ発症。呆気なくこの世を去るという設定なら、そのタイミングが妥当だろう」

 わざとらしく真顔で頷いて見せてから、アルティナが物騒な笑みを浮かべた。


「ただ、ラウール。先程も言ったが、私がここでその話に大人しく頷くと思うのか?」

 それに対し、ラウールも冷え切った笑みを浮かべながら恫喝してくる。


「アルティン様、あまり私共を困らせないでください。あなたが元々女性であるのを偽って、近衛軍に男性として仕官していた事実が明らかになれば、あなた自身が陛下に対して虚偽の申請をしていた事でお咎めを受けるのは確実。ボロが出る前に、この機会に潔くお役目を退くのが宜しいかと」

「我が家の建国以来の特権、『グリーバス公爵家の直系男子が近衛騎士団に入隊する場合、認定試験を免除し、かつ空位である司令官職に無条件で就任させる』を利用して、騎士団内部の利権を守る為に女の私に双子の兄がいる事にした上で、武芸一般を叩き込んで近衛騎士団にねじ込んだ癖に、今になって勝手な事をほざくものだな。第一私が『死んだ』ら、誰が我が家から軍属になるんだ?」

「その事でしたらご心配なく。タキオン公爵家のタイラス様が、アルティン様の後継に立っていただくために、公爵様と養子縁組をなさいます」

「へえ? それはそれは。さすがに下準備に余念がないな」

 一番上の姉の嫁ぎ先と、生意気極まりない彼女の長男の名前を聞いた途端、アルティナは舌打ちするのを懸命に堪える羽目になった。


(よりにもよって、あのガキを推してくるとはね。他の傍系の面々を、真面目に考えていたのがアホらしいわ。まだ連中の方がマシじゃないの)

 腹立たしい思いを面には出さず、アルティナは皮肉っぽく頷いてみせる。


「なるほど。確かタキオン公爵家からは長らく近衛騎士団入りした者はおられない筈だし、ちょっとした箔付けにはもってこいか。しかし確か彼は私の思い違いでなければ、現在十五歳だと思ったが?」

「アルティン様は十四歳で入団なさいましたが。それが何か?」

「なるほど……、これまで彼とそれほど親しく接する機会はなかったが、どうやら私以上の逸材らしい」

 完全に興醒めしたアルティナは、密かに心の中で笑った。


(へえ? あのガキに、随分期待されているようで。精々揉まれて泣かされると良いわ)

 仮にも実の甥に対してかなり薄情な事を考えてから、アルティナは事務的に話を進めた。


「そうなると、私の死亡を王宮に届けると同時に彼との養子縁組を済ませ、その後に陛下に奏上するわけだ。段取りが良いな」

「恐れ入ります」

「褒めてはいないがな……。皮肉はやはり、通じる相手に言わないと意味がないか。それで?」

「王都での必要な手続きが完了するまで、アルティナ様にはこちらで静かに過ごしていただきたいと思っております」

「ふぅん? まともに考えれば『私が静かに過ごして頂けない』と分かっているわけだ。それなら私が大人しく推移を見守った場合、その後は?」

 苦笑しながら尋ねたアルティナに、ラウールも薄笑いで応じる。


「ご安心下さい。ご結婚されるにはだいぶお年を召してしまいましたが、それ相応に家格の釣り合いが取れる縁談を、幾つかご用意しておりますので」

「それはありがたくて涙が出るな」

(婚期を逃した年増で悪かったわね! 絶対、後から吠え面かかせてやる!)

 珍しく本気で怒ったアルティナだったが、そんな事は微塵も顔に出さずに話を続けた。


「因みに、私はここに、どれだけ引きこもっていれば良いのかな?」

「一ヶ月程は。その後、王都にアルティナ様としてお移りいただきます」

「なるほど。その間、外出は?」

「この館の敷地内で、静かにお過ごしいただきます」

 にべもないラウールの言葉に、アルティナは大仰に肩を竦めてみせた。


「やれやれ、難儀だな。それならその間に、ユーリアに休暇をやりたいのだが」

「あの侍女にですか?」

 ここでラウールが、初めて怪訝な表情を見せた。そんな彼に、アルティナが冷静に事情を説明する。


「聞いていないか? ユーリアの実家は、この領内にあるんだ。長年領内で連絡鳥の飼育と訓練士を務めているガウスの娘だからな。その縁で彼女の母親が、私の乳母になったくらいだし。ユーリアが私付きの侍女になって王都に出て以来、なかなかゆっくりと里帰りをさせてやれなかったんだ。暫く動けないのだから、この機会に家族に顔を見せに行かせても構わないだろう?」

「それは構いませんが……。今の話を口外されると、大変面倒なのですが?」

 言外に無理だと言ってきたラウールに、彼女は苦笑いで応じる。


「ユーリアは私が女性ながら、男性のふりをして仕官しているのは既に知っているし、代々我が家に仕えてきた忠義の家系だ。今更、余計な事を外に漏らすと思うか?」

「ですが」

「だが、お前の懸念も尤もだ。ユーリアがこの話を聞いたら腹を立てて騒ぎ立てると思うから、彼女に今の話は耳に入れないまま、休暇を与えて実家に帰せば文句はないだろう?」

「それは、確かにそうですが……」

「それなら私にあてがわれた部屋で荷物の整理をしている筈だから、彼女を呼んできてくれ。お前の前で、支障のないように説明すれば良いだろう?」

「……畏まりました」

 気が進まない顔付きのラウールだったが、やんわりとアルティナに押し切られ、取り敢えず呼び鈴を鳴らして隣室に控えていた侍女にユーリアを呼びに行かせた。すると少しして応接室にやって来たユーリアが、不思議そうにお伺いを立ててくる。


「アルティン様、荷物の片付けはほぼ終わりましたが、何かご用ですか? お茶でも淹れましょうか?」

「いや、大丈夫だ。それより。今日から纏まった休暇を取らないか? 実家は馬車だったらここからすぐ行ける場所だし、暫く顔を見せていないだろう?」

「それはそうですが……。アルティン様がいつまでこちらにいらっしゃるか、分かりませんし……」

「今、ラウールから話を聞いたんだが、最低でも一ヶ月はここに居る事になりそうだ」

「まあ、そうなのですか?」

 ユーリアが戸惑いながらラウールに視線を移すと、彼は無言で頷いた。それにアルティナの声が重なる。


「だから遠慮しないで、半月程行ってきても構わない。こちらに来るのが分かってから、家族の為に王都で買い求めておいた手土産があるだろう?」

 苦笑しながらアルティナが指摘してみせると、ユーリアは驚いた表情になった。


「どうしてご存知なのですか?」

「それ位分かるさ。誰かに言付けるつもりで持ってきたみたいだが、持参して直接渡した方が喜んでくれると思うが。どうする?」

 そこまで言われて、ユーリアは僅かに逡巡する素振りを見せてから主に頭を下げた。


「そこまで言っていただいて、お断りするのは却って申し訳ないですね。ありがたく休暇を頂きます」

「それじゃあ、本当に今日から行ってきて構わない。ラウールが馬車を手配してくれるから」

「それは」

「本当ですか? ありがとうございます! それではすぐに荷物を纏めてきますので!」

 唐突にアルティナが言い出した内容に、ラウールが何か言いかけた。しかしユーリアが喜色満面で一礼し、慌ただしく応接室を出て行く。そんな彼女を見送ってから、アルティナは不満顔のラウールに言い聞かせた。


「簡素な馬車の一台くらい手配して、彼女を実家まで送ってくれるよな?」

「……畏まりました」

 暗に「そちらの思惑通りにしてやるんだから、それ位の便宜は図れ」と求められたラウールは、仕方がないと自分自身に言い聞かせた。そして呼び鈴を鳴らしてやって来た使用人に、馬車を用意させる。それからさほど時間をかけず、ユーリアは大きめの鞄を二つ手に提げて戻って来た。


「それではアルティン様。荷物は全て仕分けして、戸棚やクローゼットに入れておきましたので」

「ああ、分かった。ありがとう」

「それからお願いですから、私がいない間に他の侍女の方達に我が儘を言ったり困らせないで下さいね?」

 真顔で念を押してきたユーリアに、アルティナは思わず苦笑いする。


「失礼だな。誰がいつ我が儘を言った? それから、ちゃんと手土産は持ったのか? せっかく買い集めてたのに、忘れて行ったりしないように」

 そんな事を言われたユーリアは、鞄の片方を軽く持ち上げながら幾分拗ねたように言い返した。


「当然です。ここにちゃんと入ってますから。自分なりに厳選しましたし、忘れて行きませんよ。それでは行って参ります」

「ああ。ご家族に宜しく」

 最後は礼儀正しく頭を下げたユーリアに、アルティナは軽く片手を上げて笑いかけた。アルティナは彼女を見送ってから何気ない動作で立ち上がり、無言で窓際へと向かう。そして窓越しに庭の一隅に目を向けると、おそらくユーリアが乗り込んだであろう馬車が、門に向かって走り出したのを認めた。


「それではアルティン様」

 そのタイミングで、ラウールが口調だけは神妙に促してくる。それに苦笑しながら、アルティナは背後を振り返った。


「部屋で大人しくしていろと言うんだろう? 分かっている。ちゃんと部屋に行くが、もう少し茶を飲みたいから、そちらに運ばせて欲しいな」

「只今準備させます。ご希望なら軽食も添えますが」

「そうだな……。ついでにお願いしようか」

 そんな風に話は纏まり、アルティナは傍目にはおとなしく与えられた部屋へと向かった。その姿を確認したラウールは、すぐに側に控えている男に指示を出す。


「屋敷内外の警備を怠るな。もし外に出ようとしたら、取り押えろ。手段は選ばなくて構わない。それから一応あの侍女の実家も、何か妙な動きが無いか監視しておけ」

「了解しました」

 甘んじて軟禁状態を受け入れたアルティナを監視する役目を負ったラウールは、暫くは緊張を強いられるのを覚悟しながら彼女が姿を消した階段の上を見上げ、人知れず小さな溜め息を吐いた。




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