探偵、桜井明日香4

わたなべ

プロローグ

明日香あすかさん、おはようございます。今日は、早いですね。もしかして、何か事件ですか?」

 僕は、いつものように午前7時50分頃に、職場に出勤してきた。

 特別、調査などの予定が入っていない限りは、だいたいこの時間に探偵事務所へ出勤している。

 僕の名前は、坂井明宏さかいあきひろ。年齢は、25歳だ。

 僕の職場は、この三階建てのビルの二階にある探偵事務所だ。

 そう、僕は探偵である――と言えれば、カッコいいのだが、僕はまだまだ助手という身分である。

 なぜ僕が、探偵助手をやっているのかは、長くなるので、残念だけどここでは割愛させていただく。

「明宏君、おはよう。別に、事件っていうわけじゃないけど、朝の情報番組に明日菜あすなが出ていたから。それを見終わって、やることもないから下りてきただけよ」

 と、明日香さんは言った。

 この綺麗な女性は、桜井さくらい明日香さん。僕の雇い主であり、この事務所でただ一人の探偵だ。

 明日香さんは、このビルの三階に住んでいる(ちなみに、一階は駐車場になっている)。だから、普段は8時ギリギリにやってくることが多いのだ。なんといっても、徒歩数秒である。うらやましい限りだ。

 このビルは、不動産業の明日香さんの父親の所有するビルである。家賃は、ほとんどただ同然で借りている。

 ちなみに、明日香さんは、年齢不詳である。何度か聞いてみたのだけど、何故か教えてくれないのだ。

 まあ、女性にあまりしつこく年齢を聞くのも失礼なので、最近は聞いていないのだが。

 それでも、お兄さんが30代前半で、妹の明日菜ちゃんが21歳だから、その間であることは、間違いないのだけれど。

 明日香さんの妹の明日菜ちゃんは、アスナという芸名で、モデルやタレントとして活動している。姉の明日香さんを尊敬していて、仕事が忙しくなった今でも時々、この探偵事務所にやってくる。

 明日菜ちゃんは、身長が174センチと、僕よりも5センチも高い。つまり、僕は169センチだ。それでも、僕は170センチだと言い張っている。

 ちなみに、明日香さんは168センチくらいと言っているが、どう見ても、僕以上、明日菜ちゃん未満だ。

 そして突然だけど、僕は、明日香さんのことが大好きだ!

 助手になった理由の半分は、それである(というか、ほぼ全部かもしれないけど)。僕は付き合いたいと思っているけど、明日香さんには、その気はないらしい。

「明日菜ちゃん、出ていたんですか? 僕も知っていたら、早く来て見たかったなぁ」

「まあ、見るほどでもなかったわよ。いつものように、わけが分からないことを言って、笑われていただけよ。本当に、恥ずかしいわ」

 と、明日香さんは首を横に振った。

「そうですか」

 明日菜ちゃんは、クイズ番組での数々のおバカな解答で、かわいくて面白いと人気に火がついたのだ。それ以来、バラエティー番組やコマーシャルなどにたくさん出ている。

 明日香さんは、口では恥ずかしいなどと言ってはいるけれど、本当は妹の活躍が、とても嬉しいのだ。そうでなければ、わざわざ文句を言いながら、朝早くからテレビを見ないだろう。

 そうこうしているうちに、時刻は8時だ。

「明日香さん。今日も、仕事はないんですか?」

 と、僕は聞いた。

「そんなこと、私に聞かれても困るわよ。依頼人がいつ来るかなんて、私には分からないわ」

 確かに、その通りだ。明日香さんは名探偵ではあるが、超能力者ではない。そんなことまでは、分かるわけがないのだ。

 しかし、僕の給料のことを考えると、仕事の依頼がないのは困るのだが……。もっとインターネットなどを駆使して、事務所の宣伝をするべきだろうか?

 ああ、今日も一日、依頼がなく終わっていくのだろうか。

 僕は、何もやることがないときは、事務所に置かれているいろいろな本を読んで、探偵の勉強をしている。この探偵事務所には、何の役に立つのか分からないような本も並んでいるが、案外そういうものが、調査の役に立ったりすることもある。


 時刻は、あっという間に午後3時前。お昼ご飯を食べた後、読書をしていたら、ちょっと眠くなってきた。

「明日香さん。コーヒーでも入れましょうか?」

 と、僕は、同じく読書をしている明日香さんに聞いた。

「そうね――いただこうかしら」

 と、明日香さんは、事務所の時計を見ながら言った。

 僕が、二人分のコーヒーを入れようと立ち上がったとき、その人物はやって来た。

 事務所のドアが開くと、

「すみません。こちらは、探偵さんの事務所でしょうか?」

 と、60代くらいの男性が聞いた。隣には、同年代くらいの女性が立っている。夫婦だろうか?

「はい。探偵事務所で、間違いありませんよ。何か、調査のご依頼でしょうか?」

 と、僕は聞いた。

 もちろん、探偵事務所と分かっていて入ってきたのだから、調査の依頼に決まっているのだが、ついつい、そういうふうに聞いてしまう。

「探偵さん。どうか、娘を助けてください。お願いします」

 と、その男性は、女性と一緒に頭を下げた。

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