6-フランツとヴィルヘルム
フランツとヴィルヘルム-1
雨が降りそうな天気だった。
灰色の雲が重く垂れ込め、太陽がどこにあるかも分からない。一応時計の針は午後二時を回った辺りを示していたが、一日で一番気温が高くなる時だというのに酷く寒かった。
流石は初冬だ、とヴィルヘルムは荷物を持っていない片手で外套の襟を引き寄せる。
こんな空模様ではあるが、まだ雨は降っていない。それなのに、歩道には男とヴィルヘルム以外の人影はない。車は通るがそれだけで、停まった車から誰かが降りてくることはなかった。
きっと皆用心して家に篭っているのだろう。出来ることならば自分も、今日は一日中ずっと部屋で寝ていたかった。もう冷え切っているであろうベッドを思い、ヴィルヘルムは溜め息をつく。……いつも寝ているだろう、と言われては返す言葉がないが。
びゅう、と吹いてきた風に煽られ、ヴィルヘルムは思わず足を止めて身を強張らせた。外套の隙間から入り込む風が、容赦なく肌を撫でていく。
数秒遅れて、前を歩く男が足を止めた。
「ヴィル、早くしてよ。雨が降ってきたらどうするの」
風に吹かれて飛んできた新聞を足で器用に払い除けて踏んづけ、男が身勝手に唇を尖らせる。
「だったら今日を見送りゃ良かっただろ……寒ぃ……」
「今日がいいんだ」
「何でまた」
「今日が良かったから」
非常時の為に、と家から持ち出したビニール傘を、歩道に誰もいないことを良いことに振り回す男。やはりこいつの考えていることは分からない。
待っていてくれた男の隣に立って歩き、ヴィルヘルムは荷物――キャンバスや画材などが詰め込まれた大きな鞄を肩にかけた。
ずっしりと肩に掛かる重みに、思わず先程とは別の意味で溜め息が漏れる。
「お前、俺を拾うまではいっつもこれ抱えて歩いてたのか?」
「そうだよ」
その細い身体のどこにこれを抱えて平然と街中を闊歩しまくる体力があるのだろう。気になったが、聞かない事にした。
そこで会話は途切れ、ただひび割れたアスファルトを踏み締める音と、お互いの間を風が吹き抜ける音だけが二人の間を支配する。
ヴィルヘルムは目的地を知らない。ただ、男に案内されるがままに歩いていく。
「……寒いな」
漏らした声に返事はなく、ヴィルヘルムが吐き出した吐息も少し白く濁っただけで終わった。
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