第2章 愁いの特英士(3)
沈黙があった。それをやぶったのは、総司令官の低い笑い声だった。
前司令官のドウズアンを知るグイタン副官は、安堵のため息をついた。他の園への全面的な戦いは、それが勝ち戦であろうとも、銀武に大きな痛手を残す。以前の将ドウズアンは自身の任期に成果を残したく、単なる自分の感情から、戦闘を頻繁に口にした。実際何度か、戦闘に踏み出す手前までいった。その都度、現実派のグイタンは抑えるのに苦労を重ねた。表立って戦闘に反対すれば、任を解かれ、また不服従ということで処罰される恐れもある。そしてグイタンの目の前で、何人かは牢に向かわされ、そのうちの1士は生を断たれた。そのような恐怖政治をかいくぐっての、表立つことのできない戦闘回避の工作だった。しかし今の将は現実的な思考を持ち、感情や勢いで利にならないことに踏み出すことなどなかった。
今の言葉も、単なる部下へのからかいにすぎない。グナンは冷静さを決して失わない現司令官への信頼を、より深めた。
「調査をさせてみましょう」
中央に立つズウ副司令官が口を開いた。
「調査?」
「はい」
「みずうみの園に、か?」
「はい、そうです」
ズウは深く頷いた。
「分かっているな。相当の戦士でないと、意味をなさないぞ」
「はい」
ズウはもちろんグナン総司令官の言葉を把握していた。これまでみずうみの園に調査員を送り込み、ただの一人も戻ってきた者はいない。武力では比べるべくもない力の差があるが、しかし調査は総合的な武力とは違った。何故なのかは分からないが、調査員が戻らず、みずうみの園の内実をまったくつかめられないのだ。
「腕利きの者がいるというのか?」
ズウがグイタンに目配せをした。グイタンはその一瞥で、覚悟が決まった。沈んだ表情を数瞬浮かべた後、了解の意味で頷いた。ズウが視線を正面に戻した。
「総司令官殿、グイタン副司令官の隊ものがチャルタを卒したのです。特に今回、四騎の特英士です」
言葉の途中で、グナン総司令官がズウの前に進んだ。
「ほう、特英士が久々に出たのか?」
特英士とは、軍の行う試技試戦を最高位で抜けた戦士のことだった。当然ながら、それは滅多に出るものではない。しかし出れば、その戦士はあらゆる難解な任務をこなせる器と見て間違いがなかった。
「そうか。ではその者にみずうみの園の調査を、ということなのだな」
グナン将が頷きながら言う。グイタンはキッと顎を引いた。そのとおりです、と言う意味だ。しかし顔には出さなかったが、グイタンの気持ちは沈んでいた。鳴り物入りの、四騎の特英士が自隊に入ってきた。これはグイタンにとって初めてのことだった。しかし残念ながら、その途端に失うことになる。みずうみの園への調査は、片道切符なのだ。
グナン将も副官たちも、特英士として卒した。軍の上部はほとんどが特英士の履歴を持つ者だ。
「その戦士の名は、なんという?」
グイタンはあらためて背筋を伸ばし、
「シュタン、と申します」
部下になったばかりの戦士の名を告げた。
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