第1章 水帝の三姉妹(4)

 ミユは不思議に思うあまり、歩みが遅れた。ここまではっきり聞こえているというのに。自分だけの幻聴なのだろうか。そんなことは、でも、ない。今も、声が聞こえている。ミユは恐怖心を払って、もう一度振り返った。陽炎の向こうに複数の、大柄に思える姿があった。


 遠くて、顔かたちまでは分からない。あれが銀武のタなのだろうか。ミユは銀武に行ったこともないし、戦士というものを知らない。幼い頃から、話に聞かされているだけだった。父よりも、兄よりも、もっと大きいという。


 強大な力を持つ銀武の園は、隣接するみずうみの園を支配しようと、長い年月の間に何度も試みてきた。征服こそままならなかったが、しかし勢力下に置いている、という状況にはなった。園が持つ支配意識はそのまま園の民に移行し、戦士は皆、みずうみの民の上位に立つ意識を持つ。そしてみずうみにまで来ては、ナを狙っているという。

 

 隠れた方がいいのでは。ミユは思うが、姉たちにそのような意識は感じられない。存在を話に聞くだけのミユでさえ動揺しているというのに、姉たちの落ち着きが不可解だった。タシは使者として、銀武の地に足を踏み入れたこともあり、戦士の振舞いもより聞かされているはずなのに……。ミユはちらちらと中央を歩く姉に視線を向けた。

 

 道は一本で、声の主たちは同じ道を辿ってきている。声の調子から、まだ三姉妹に気づいていない感がある。しかしそれも、時を追えば必ず気付く。戦士であれば当然歩みも早く、その距離は縮まっているはずだった。

 

 歩調は緩いのに、ミユは息切れがしてきた。このあと、なにが、どういったことが、待っているのだろう。過去に聞かされた、銀武の者たちの非道な行為がひとつひとつ思い出された。

 

 半刻も経たないうちに、ミユの懸念したとおりとなった。銀武のタたちは、前を歩くミユたちを認識した。声が、渋く沸いた。その声が、今はミユたちに届いている。

 

 重く太い声。ミユは思わず走りだしたい衝動に駆られた。心にその思いが浮かんだとき、ナ・タシがミユに顔を向け、横に首を振った。読まれたかのようなその姉のしぐさに、足が固まり動かなかった。仕方なく、鼓動を速めながらも、タシの歩調に合わせて歩幅も小さく歩いた。


 銀武の戦士に出会うな。見たら逃げろ。みずうみの民たちだけでなく、他の園の民も持つ、共通の認識だ。武力を前面に、何をしてくるか分かったものではない。銀武の戦士から見れば、他の四つの園に住む者など、いつでもはたいて踏みつぶせる、羽虫のような存在なのだ。


 歩く先にナの存在を認めた銀武の戦士たちは、足を早め、みるみる距離が詰まってきた。ミユが振り向くと、すでに表情まではっきりと見える。背中に冷たいものが走った。ミユは足を早めたいのに、姉2人の歩調は変わらない。あの連中に捕まってしまったらどうなってしまうのだろう。恐ろしく、考えたくもなかった。相手もまた3人だった。いずれも、みずうみのタにはいない、大岩のような巨体だ。

 

 うしろから、タが来ています。たまらずミユはタシに声を掛けた。追いつかれてしまいそうです。もう一言付け加えた。しぜんに声が震えた。

 

 タシは顔を向けてくれたが、その表情にあるものをミユは読めなかった。通常と変わらない表情をしていた。その向こうに歩くナアは、声のない口ずさみをしている。これはナアのいつものしぐさだった。

 

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