えふらんく★らばーず

細茅ゆき

プロローグ ~最悪!Yesと言えない告白会場~

「あのさ、すごく今更なんだけど…オレたち…その…ちゃんとつきあわない?」


 祭り囃子ばやしの間を通り抜け、私の耳を撫でたその言葉に、私はただ呆然ぼうぜんとするしかありませんでした。


「オレたち、この半年、気がつけばいつも一緒だったじゃん。その…昼休み図書館にいたり、放課後、買い物つきあったり、ゲーセンに行ったりさ」


 耳まで真っ赤にして、必死に言葉を繰り出す彼に、私は返す言葉を失いました。


「アスカといると楽しいし、その、中学卒業しちゃうけど、これからも、これからもずっと一緒にいてほしいと…思ってる」


 私はもう、彼の顔を見ることができません。

 頬のほてりを感じ、顔を伏せてしまいました。


「はっきり言うよ。…オレ、アスカの事が好きだ」


 とてつもなく陳腐ちんぷ台詞セリフ

 だけど、仲の良かった男子、しかも好きな人に言われるのは特別なこと。

 女子として、最高に嬉しいシチュエーションのはずです。


 わたくしこと矢ノ崎やのさき飛鳥あすかも、この日までは、そう思っていました。


 「好きだ」

 その言葉が何度も頭の中でこだまして、胸の奥からじんわりと、今まで感じたことのないうずきがわきあがってきます。


 その言葉を、ずっと待っていました。嬉しいと思いました。

 だけど。

 それほど心待ちにした告白なのに、残念ながら、私はYesと言えなかったのです。


 Yesと、言えるはずがなかったのです。



 …。

 思わず、大きなため息をついてしまいました。


「次、矢ノ崎飛鳥さん」


 窓の向こうには、雲ひとつない青空が広がっています。


「矢ノ崎さん?」


 その下には、新緑に包まれた足緒あしおの山々。ふもとには田園と家々が入り交じり、その間をのんびりと三両編成の列車が走っていきます。


「矢ノ崎さん!」


 強い口調で、誰かが私の名前を呼んでいました。

 焦って視線を窓から教壇へと移すと、担任の小倉先生が腕を組み、呆れ顔で私を見ていました。


「どうしたのですか。高校生活一日目だというのに、窓際で黄昏れているなんて。恋の悩みですか? なんなら、先生が相談に乗りますよ?」


 先生の言葉で、クラスにはじけたような爆笑が巻き起こりました。

 私はただただ肩をすくめることしかできませんでした。

 ああもう。なんでたてつづけに、こんな恥ずかしい思いをしなければならないのかなぁ…。

 おそらく今の私は、あの時の遙平ようへい君のように、耳まで真っ赤にしていたに違いありません。



 自己紹介が終わったら、今日は学校終了です。クラスメイトたちも、帰り支度をはじめています。


「怒られちゃったねぇ~。アスカ」


 ニヤニヤしながら近づいてきたのは、中学時代からの親友にして悪友、三郷みさと美里みり。御年15歳にして身長130cm台というミニマム・ガールです。


「半分はあんたのせいだぞ、美里」


 おかげで私は、「入学式の日に恋に悩んで黄昏れてた女」というレッテルを貼られてしまったのです。せっかくの新生活も、これでは台無しです。

 じろりとにらんだものの、美里の顔色は全く変わりません。


「そもそもアレは、ボクのせいじゃないよ。意気地がないアスカが悪いんじゃないか」


 頬をプッと膨らませて、抗議めいた言葉をはくビリ子。

 往生際が悪い女です。はやく自分の罪を認めたほうが、ラクになるというのに。



 …。

 あの祭りの日。


 彼、箕打みのうち遙平ようへい君からの告白に答えられなかった理由は、ほかでもありません。


 場所が、悪かったのです。


 愛の言葉を告げられた場所は、露店が並び人々が行き交う、参道のど真ん中でした。


 そう、彼は祭りの中心で愛を叫んでしまったのです!


 この時のシチュエーションを、文字だけで表現するならこんなカンジです。


祭 人人店人 私&彼 人飴人蛸目人 祭


 参道を歩く人々の好奇の視線に耐えながら、「遙平君、告白してくれて嬉しい。私も大好きだったの」だなんて、恥ずかしくて言えるはずがありません。


 本当の事をいえば、祭りに誘われた時、こういうことになるのだろうと、予感はしていました。だって、それくらいの関係には発展していると思っていたから。

 照れくさくて「うん、そうね、ヒマかな…」だなんて、クールに返事しましたけど、実は嬉しさのあまりピョンピョンと飛び跳ねそうになってました。


 でもまさか、こんな公衆の面前で、真正面から堂々と告白してくるなんて。

 祭りの喧噪から離れた木陰で、そっと告白してもらえんだろうなぁ…と夢見ていた私が乙女すぎたということでしょうか?


 遙平君。確かにあなたは、空気読めないところあると思ってました。

 いつでもどこでも、自分のペースで生きているんだなって思っていました。

 でも、そんなゴーイングマイウェイなところが好きでした。


 だけど…、今は…今だけは空気を読んでください!


「…返事、聞かせてほしいんだけど…」


 周囲の視線が集まっている事に、遙平君は全然気づいてない様子。

 ほら、あそこの非モテっぽいメンズなんて「このリア充めっ!」って顔していますし、あそこのおばさんは「若いっていいわね」と言わんばかり。そっちのおじさんは「見せつけやがって、このぉ」と、今にも茶化しにきそうです。


「ダメなのかな、アスカ…」


 ダメじゃないです。ダメじゃないですってば。


 しかし私の言葉を待たず、遙平君は自己完結してしまいました。


「いや、ごめん。ホントごめん。やっぱ聞かなかったことにして。これからも友達ってことでよろしく」


 遙平君は一度会釈すると、目を潤まして足早に去っていったのでありました。


 待って、遙平君!


 だけど私の言葉はもう、参拝客の中に紛れた彼には届かないのでありました。



「アスカ~~~~!!!」


 誰かが、意気消沈している私の名前を呼びました。

 人垣かき分けやってきたのは、他でもありません。美里です。


「なにやってるのよ! せっかく遙平君が告白してくれたのに!」


「って、なんであんたは、私が告白されてたと知ってるの?」


 じっと、美里の目をのぞきこむと、三秒もたたずに目線を外されました。


「たっ、たまたま! そう、たまたま通りがかっただけだよ!」


「うそばっかり。たこ焼き屋の陰からマジマジとこっち見てたでしょ」


「え…」


 なんで知ってるの? そう言いたげな顔です。語るに落ちたものです。


 そう、「蛸」の隣の「目」。それこそがこの美里だったのです。


「だ、だってさ…、親友が告白されているのに、その脇を通り抜けられないじゃん。だから思わず身を隠しちゃったんだよ、ボク」


 美里はうつむき、モジモジしだしました。恥ずかしいのは、告白シーンを見られたこっちのほうです。


 身を隠すのなら、もっと完璧に隠れてほしかったものです。

 ただでさえ往来の真ん中だと言うのに、遙平君の後ろに、ちらちらとこちらを見る美里の姿が見えるのです。気にならないわけがありません。

 親友が見つめる中で、私は遙平君の告白に答えることができませんでした。



 …。

 回想終わり。


「ほら。どう考えても、やっぱりビリ子が悪いじゃない」


「なによ、ビリ子って」


「美里だからビリ子。のぞき魔のあんたにピッタリなコードネームじゃない」


 我ながら、クールでクレーバーなネーミングです。

 しかし、美里ことビリ子は、不遜な事にプッと頬を膨らませました。本日二度目です。


「ひどーい。そんなに後悔してるなら、ボクにかまわずちゃんとYesって言えば良かったじゃないか! そういうのを意気地なしって言うんだよ!」


 のぞき魔に正論吐かれるとは。悔しさのあまり血反吐を吐いて憤死しそうです。


「ふん、ビリ子のくせに」


「なんだよー! ボクがビリ子ならアスカは・・・えー、えーと・・・ くぅ! イイ感じにムカつくコードネームが思いつかない!」


「どうやら私のワードセンスには勝てなかったようね、ミス・ビリ子」


「キーッ! よく分からないけどめっちゃ悔しい!!!!」


 にらみあう私とビリ子。漫画的表現で例えるなら、瞳と瞳の間にバチバチと火花が散っているところです。


 ・・・だけど。


 私とビリ子は、同時にため息をつきました。


「よそう。ビリ子。私たちが戦っても、しようがない」


 もう、過ぎたことです。今更遙平君が戻ってくることもなければ、時間が巻き戻ることもありません。


 私はこれから、あの祭りの日を背負って生きていくのです。

 祭り囃子を聴くたびに、この告白の事を思い出すことになるでしょう。

 遙平君の必死な告白に、沈黙しか返せなかった自分の意気地のなさを、悔やむのかもしれません。

 それはやがて、ほろ苦い思い出へと変わっていくのでしょうか。それとも一生忘れられずに、悔い続けることになるのでしょうか…。


「だけどアスカ、大丈夫! 落ち込むことはないよ」


 肩を落とす私に、ビリ子はウィンクしながらサムアップしました。


「だって、遙平君も、この高校にいるのだから!」


 そうでした。

 衝撃的な告白イベントのせいで、すっかり頭から抜けてました。

 遙平君はさも思わせぶりに言っていましたが、実は私たち、同じ高校に進学したのです。

 そう。これからも、遙平君と一緒なのです!(おもに学校的な意味で)


「まだ三年もあるんだから、これからもきっとラブラブチャンスはあるよっ!」


 ビリ子、本日二度目のサムアップ。私も笑顔で、「そうだねっ」と、親指を立て返しました。


「よーし、がんばるぞーっ!」

「がんばりたまえー!」


 誰もいなくなった教室で、私たちは何度もバンザイを繰り返しました。


 なにかいろいろとごまかされている気がしますが、この時の私は「まだ終わっていない」という言葉一つにうかれていたのでした。

 

 そう、私たちはまだ終わってないのです。

 本当の恋は、高校からはじまるのです。


 たぶん!

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