エンキョリレンアイ!

芦原瑞祥

天国編

「あーもう、またLINE既読スルー!」

 わたし、西村優奈。大学一年生。

 卒業式の日、高校三年間ずっと片思いしていた同級生、片岡翔クンに玉砕覚悟で告白したところ、まさかのOK!

 でも、彼は東京の大学、わたしは地元の大学と、しょっぱなから遠距離恋愛。片道五三〇キロ、新幹線と在来線で五時間の距離を埋めるべく、せっせとLINEを送るものの、新しいキャンパスライフで手いっぱいなのか、まったく返事がこない。


 あんまり頻繁に送るとウザがられるだろうから、毎日→二日に一度→三日に一度、とタイミングを遅らせていき、今は一週間に一度。さすがにこれ以上は譲れない。

 とはいえ、ここまで無視されるのもおかしい。「やっぱりOKしなきゃよかった」って思われてるのかも。都会の綺麗な女のコに心を奪われたとか。いや、そもそも根本的に間違っているとか?


「まさか、全部わたしの妄想だった!?」


 翔クンは、頭が良くて話がおもしろくて、周りのみんなにさりげない気遣いができる素敵な人だ。勉強しているときの彼を盗み見ていると、まぶたの曲線とか、キリッとした眉毛とか、意外と赤い唇とか、少し節のたった長い指とか、貝みたいな爪の形とか、もう何もかもがカッコイイって思えた。シンプルな服を着こなしてシュッとしてるし、透明感のある声がなんかぐっとくる。わたしの語彙力では、このよさは表現しきれない。いわば、高嶺の花だ。

 容姿は十人並みで頭脳もそこそこ、照れてしまって化粧もせず、店員さんに馬鹿にされるような気がしてオシャレな服屋に入ることすらできず、近所のイオンで買った服ばっかり着てるモッサリした、わたしなんかと付き合ってくれるはずがない。


「あのっ! わたし、片岡クンのことがすごく好きなんですけど! ……お付き合いしてもらえませんでしょうか!」

 翔クンの顔を見ることができなくて、わたしは九十度に腰を折って頭を下げた。

「でも、僕、東京の大学に行っちゃうんだけど……」

 断られる流れだ、と思った。顔を上げることができないわたしの耳に、やさしい声が届いた。

「……それでも、いい?」


 きっと、「東京の大学に行っちゃうんだけど……」までが事実で、「それでも、いい?」はわたしの聞き間違いだったんだ。

 その後、涙目で翔クンと手を握り合ったのは、お別れの握手の意味。新幹線のお見送りを許してくれたのは、最後だから。

 勝手に空耳して、翔クンの気遣いを曲解したあげく、カノジョ面する恥ずかしい女! それがわたし!


「どうしよう! 嫌われるくらいなら、『僕のことを好きでいてくれたコ』として記憶に残った方が、なんぼかマシだったのに! うああぁぁ~!」

 携帯を握りしめたまま、床をごろんごろん転がりまわる。


 泣きながら転がり疲れたわたしは、携帯を前にして正座する。

 悲しいけど、事実は受け入れなければ。翔クンは、わたしと付き合っているわけじゃない。まだデートもしていないし、お互いの呼び方も決めていない。あのとき手を握っただけで、チューなんて夢のまた夢。


 ごめんね翔クン。勝手に付き合ってるものと思い込んで、「翔クンって呼んじゃお」とか「早く会いたい☆」とか「翔クンの写真が欲しいなぁ」とか、ストーカーみたいなメッセージ送っちゃって。気持ち悪かったよね。でも翔クンはやさしいから、たしなめることが出来なかったんだよね。鈍感なわたしが、自分で気付くのを待っててくれたんだよね。


 涙がぽたぽたと携帯画面に落ちる。

「迷惑ついでに、お見送りのとき、ぎゅーってしとけばよかったなぁ……」

 そしたら今生の想い出になったのに。


 翔クン、ううん、片岡クン。迷惑かけてごめんなさい。もう、わたしからは連絡しません。少しの間だけでも、付き合っている気分を味わえて、幸せでした。


 も、死にたい……。


 その時、携帯電話が振動した。LINEの通知が表示される。翔クンだ。


<GWに帰省するから、デートしようか。いつが空いてる?>


 へ?

 ついに妄想ゲージMaxで、ありもしないメッセージまで見えるようになったのだろうか。

 何度も何度もメッセージを確認する。やっぱり翔クンだ。


<いつでも空いてるけど……。なんか怒ってた?>

<え? 怒ってないよ。なんで?>

<いや、全然返信がないから、迷惑なのかなって>

<だって、返事が必要な内容じゃなかったし>


 こ、れ、が、噂に聞く「男女の差」かあぁーーー!!


 自分自身を「おかしい人」「イタい女」認定して悶絶したあげく、失恋した気分になって泣きわめいてた心の痛みをどうしてくれる! ついでに勉強も手につかなかった時間を返して! ちょっと返事をくれるだけで避けられたはずじゃん。スタンプ送るだけなら一分もかからないでしょ。くっそー!!


<そっかー、ごめんね! それよりデートいつにしよっか>


 しょせんは惚れてる方が弱いもの。翔クンに対しては常に明るく、重い女にならないよう気をつけなくちゃ。


 以来わたしは、「フーリエ変換って何?」「電車の中でジャンプしても同じところに着地するのはどうして?」などという質問を送り付けるようになった。

 しばらくは生真面目に答えが返ってきたけど、そのうち一言で済まされるようになってしまった。


<ググれ>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る