エピローグ
放課後の部室。いつものようにページを捲る音が響く。
正面の窓から差し込む夕日が、眩しい……のだが、それが突然遮られ、目下のテーブルに影が浮かび上がった。ショートカットの女の子の影だ。
「今回もお手柄だったようだね、楠木君」
「そんなことないよ、猫屋敷。僕が謎を解かなくても、渡嘉敷さんはいずれ自力で答えに辿り着いたはずだ」
「それはどうかな。君が彼女の立場だったとして、待ち合わせ場所に行っても誰も来なかったらどうする?」
どうするって、それは……。
「帰りますよ。普通に」
言ってから、気が付いた。おかしい。
「でも渡嘉敷さんは帰らなかった。それどころか自ら積極的に謎を解き明かそうと、君の元に依頼に来るということまでした。どうしてだろうね」
偶然、と言い張ったところで、猫屋敷は納得しないだろう。
「好奇心が強かったからじゃないんですか?」
「勿論、それもあるだろう。けれど、本当の答えは違う。――彼女が君を知っていたからだ」
「……」
渡嘉敷さんは僕のことを知っていた。野々宮さんによって聞かされていた。
「考えてみれば変な話さ。転入して間もない人間に、『謎に困ったら文芸部に相談しろ』なんて言うのは。もしかして」
その先は言われなくても分かっている。分かってはいるが、考えたくはないな。けれど思い付いてしまった以上、それを口にせざるを得まい。
「野々宮さんが僕のことを渡嘉敷さんに話したのは、偽ラブレターのことを相談させるためだった。僕のところに渡嘉敷さんがやって来て相談すれば、僕は断れない。少なくとも謎を解くまでの時間稼ぎになる。そして僕は、あの程度の謎なら遅かれ早かれ解き明かすだろう。けれど、真相に気付いたところで、それを安易に依頼人に話したりしない」
なぜなら、あの偽ラブレターは悪意の象徴ではなく、依頼人を幸福へと誘うものだったから。仮にもっと早く事件の真相について確信を得ていたとしても、時間を稼いだ後に渡嘉敷さんを二年C組に案内していただろう。
当然、僕にはそんなサプライズは知ったことではない、と投げ出すこともできたはずだ。
しかしそれは、僕が僕でなかった場合の話だ。僕はあれだけの人々の善意を無視できるほど、悪人にはなれない。なりたくはない。そういう性格なのは自分がよく分かっている。悪意を持って向かってきた人間ならいざ知らず、あれは無理だ。
「結局、あの人の思惑通りってわけか……」
僕はがっくりと頭を下げ、抱える。あのお節介に利用されたとなると、何だか情けなくて、頭が痛くなってくる。
「まあ、私は面白いものを見させてもらったけれどね」
そう言って、猫屋敷は笑ってみせる。他人事だと思って。
「君も名探偵としての腕前を上げてきているようで、結構結構」
実に上機嫌そうだった。
「その名探偵のことなんですけど、どうして僕が名探偵なんて目指さなきゃいけないんだ?」
「簡単さ。君には素質がある。それだけだ」
「素質って……」
「それに、君には解かなければならない謎が残っているだろう?」
「……」
「まさか忘れたわけじゃないだろうね」
「そんなこと、あるわけないだろう」
そうだ。一度たりとも、一日たりとも忘れたことなんてない。名探偵とか関係なく、僕が僕として解き明かさなければならない謎が、確かに残っている。
事件が起こったのは三年前。
死んだのは一人の女の子。
僕が解き明かさなければならない謎はただ一つ。
――どうして女の子は自殺したのだろうか。
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