不幸福論

ミタヨウ

第1話

 人はみな平等だ、と誰かは言うが、俺はそれがほどほど、大体合っているのではないかと思う。大体という言い方はおかしいのかもしれないが、いやだが、今の俺の状況、環境、もしくは経験、そう、経験から、そう言わずにはいられない。なぜなのかをこうやって今から話していこうと思っているのだが、いかんせん、俺は話すのが下手だ。いや、説明が下手と言ったほうがわかりやすいだろうか。とにかく、頭ではしゃべりたいことが山ほど思い浮かぶのだが、実際口に出すとなるとなかなかこれが難しくて、なんだかいつも回りくどい言い方になってしまう。まあ、今もこの通り、見てわかるように話が一向に進まない。こんなぐだぐだしたものでもいいのなら、少しばかり、いや、相当長くなりそうなのだが、俺の話を聞いて欲しい。長くなりそうというのは、さっきも言ったとおり、回りくどい言い方になるのも原因の一つだが、俺は何しろ話が飛ぶ。女子みたいという突っ込みはひとまず今はなしにしといてくれ。俺の話が飛ぶのは、俺の思考回路に口がついていかないから、いや、キーボードを叩く俺の手がおぼつかないからと言ったほうがいいのかもしれないが、とにかく、言いたいことがぽんと頭から出てきて、それを口走ってしまうからである。俺はなかなか、複雑そうに見えて、単純な奴らしい。頭で考えるにはなにやら小難しいことを考えてしまうのに、いざ行動に出すと単純だ。面倒なひねくれ野郎にかわりはないが、俺は結構この性格を気に入っている。そのおかげで今回、少なからず俺は命拾いをすることになるのだから――。

 話を戻そう。しかしさて、何から話したらよいものか。と考えると、やはり事の発端はあれにあったとしかいいようがないから、不本意、いや、この言い方はまるで俺がまだ未練を引きずっているかのようで癪だし、またそのような誤解を受けそうなので撤回する。そう、まるで俺が慰めて欲しいがためにここに書くように思われそうだが、仕方がない、最初から話していきたいと思う。もう半年も前になるか。俺は人生最大の失恋をした。

 いや待て、人生最大というのはだいぶおかしい。だいぶというのは、時間的と内容的にだ。そもそも俺はまだたったの十七しか生きてないし、これから本当の意味で失恋というのを経験するだろう。もはやそうでないと困る。いやいや、そう簡単に失恋しては困るのだが。それはまあ置いといて、内容的にというのは、失恋したのは一方的に俺がであって、相手は俺とそんな風になるつもりはなかったのかもしれない。実際なってなかったし、おそらく傷ついたのも俺だけだ。まあどれも今となってはどうでもいい話だが、これだけは言わせてくれ。あいつは人間として最低なやつで、ただの子供だった。ただ単に、俺は無謀にもそんな奴を好きになってしまって、そいつから与えられるどういう意図があるのか全くわからない餌に食いついてしまっただけだ。今思えば、あそこで縁が切れてもはや良かったと言えるほどの。

 まあ、失恋の話はどうでもいい。問題なのは、その後だった。俺が失恋して、絶望のどん底、今となれば本当にこの時の自分が馬鹿でみっともない、何が絶望だ、と思ってしまうのだが、とにかく、その沼の底に住み始めてからおそらく一ヶ月が過ぎたぐらいの頃だったかなと思う。引きこもりになりかけていた俺が、何とかずっと楽しみにしていた小説の新刊が出ると聞いて、近くの本屋に行こうと外に出た時だった。外はひっきー(引きこもりの俺的略称だ)予備軍の俺にはいささか眩しく、しかもその時はちょうど夏休みだったので、思わず引き返そうかと思うぐらいに暑かった。しかしまあ、せっかくここまで出てきたし、何しろ外に出るために着替えたのだ。俺はその二つ、つまり、暑さと眩しさに対して、着替えたこととここまで出てきたことを天秤にかけて労力と面倒くささを測り、このまま本屋への道を歩むことに決めた。こんな真昼間に行かず、夕方に行けばよかったと、多少、いやかなりの後悔はしていたが。しかし、その後悔もすぐに頭から消し飛んだ。マンションを出たすぐの通りを、犬の散歩をさせていたおばちゃんが、なんだか、うん、なんと言えばいいのか。とにかく、何かこれから良くないことが起こるよオーラをビンビンに放っていたのだ。わからない?そりゃそうだ。俺もわからん。ただ確かなのは、次の瞬間、おばちゃんが連れていた犬が急に走り出して、リードを放してしまったおばちゃんが、追いかけてそのまま車に轢かれてしまったってことだ。俺は今、淡々と話しているが、あれは相当グロく、そして衝撃的だった。背筋どころではなく、全身が凍った。しばらくして、いや、時間的にはそんなに長くなかったであろう、ほんの数秒だろうとは思われるが、俺には相当長く感じられたのだ。とにかく、しばらくして、周りの人がざわざわしだしてから、俺の脳は再びフル回転しだした――いやいやまさか、なんとなくそうなりそうだなっていうフラグ?よくあるじゃんそういうの、小説とかマンガとかでさ。起こりそうって思ってたまたま、ホントに偶然、起こっちゃっただけでしょ。いやでもまあなんか後味悪いよね、そういうひねくれた考え方するのはやめとこ――なんて。その時は一瞬でそんなことも考えたりしたものだ。だが野次馬勢に混じって、俺もその一人になるのだが、倒れて血まみれになっているおばちゃんを見たとき、言うなれば、良いことが起こるよオーラが出ているのを感じて、俺はその考えを放棄せざるを得なかった。あれだけ血が飛び散って、たいそうな騒動となったのに、そのおばちゃんが軽症ですんでいることを、俺はなぜかわかってしまったからだ。一通り、つまりそのおばちゃんが何の気なしに早く退院して家族と大事にならなくて良かったね、なんて話しているところまで想像して、俺はひとまず我に返った。そして驚愕した。近くにいた野次馬勢から、車道の向こう側を歩いている人まで、目に見えている人という人は全部、俺の頭に流れ込んで来た。幸か不幸か。これから起こるのはどちらか。またこの人が今まで蓄積してきた幸と不幸のバランスまで。頭が破裂しそうで、いや、少なくともショートして、俺はその場で倒れたらしい。覚えていない。

 幸か不幸かとは、一体どういったことなのかとお思いだろう。それを説明するのはこの俺の語彙力じゃ不可能だし、わかってもらおうにも、説明下手な俺では力不足だ。なぜなら、俺が「見た」ものは実際に俺には見えてないし、もちろん、他人にも見えない。まさに俺の脳に直接伝わってくるイメージのようなものなのだ。さらに不都合なことに、そのイメージ自体も曖昧なもので、わかりやすく幸福ゲージ・不幸ゲージなんかが表れるわけでもない。ただ、「見た」ら、「わかる」だけなのだ。ということは、だ。この俺の奇妙な能力と体験は、マンガやアニメになったりは出来ないわけだ。一体誰がこんなわかりにくい、さらには描きにくい能力を持った主人公に魅力を感じるだろうか。はたから見たらただ人をじっと見ているだけのヒーローである。やはり、三次元は二次元のように甘くはないようだ。現実は厳しい。それはともかく、俺はどこで拾ったのか、この地味な能力を宿してしまったのだ。

 なにせ、次に俺の意識が戻ったのは三日後の朝だった。見慣れない天井に一体、自分がどこにいるのかわからず、少し考えて、やっぱりわからず、左右を見渡そうとした。が、見渡せなかった。頭が思うように動かなかったからだ。これはおそらく頭が包帯やら何やらで固定されていた、というか、身体全体がベッドに固定されていたからだとは思うが、そんなことはどうでもいい。とにかく俺は目が覚めて、出来る限りの範囲であたりを見回し、そしてここが病院のベッドだということに気がついた。小さい頃、一度だけ行ったことのある、市内で一番大きい病院。何せ俺はいつでも健康体だったし、入院やら通院やら、したことの無い身だったので、これはとても新鮮な体験だった。程なくして、医者がやってきた。白衣を着ていたのだから間違いなく医者だろう。人相はかなり悪かったが。

「気がつきましたか」

 酷い顔のわりにかなりおっとりした調子で、その医者は定型文を口にした。そして俺の返事を待つことなく続きを話した。

「君は三日前、君の家のマンションの前で倒れたのです。事故があったのを覚えていますか。四十代半ばの女性が、道路に飛び出して車に轢かれた事故です。おそらく君は、その事故を目の当たりにしたため、あまりのショックに倒れたのだと思われます。なに、心配することはありません。君は目立った外傷も無く、いたって健康ですよ。それにしては長く眠り続けていたのが気になりますが。日ごろの疲れが脳に溜まっていたのでしょう。親御さんが迎えに来てくださいますから、すぐに帰れますよ」

 と、おそらくそんなことを言われた。頭に巻きつけられていた包帯は何なのか尋ねると、倒れたときに、少し頭を打ったのだと説明された。もっとアホになったのは間違いない。しかし、俺はその日の昼には家に帰れた。

「すみません」

 帰り際にそそくさと走り回っていた看護士に声をかけた。

「なあに?」

「俺が倒れたときに、事故にあった女性、どうなったか知っていますか」

「ああ、それなら、もう昨日に退院なさっていますよ。大事無くて本当に良かったわ」

 それだけ言うと、仕事が忙しいようで駆け足で行ってしまった。

 残念ながら、俺は倒れる前のことをはっきりと、鮮明に覚えていた。覚えていなけりゃ、本当に夢ですんだのかも知れないが、その夢のような、幻のような出来事は、少なくとも、俺には現実に起こった事実であった。現に、あの女性は俺が「見た」ように、何事も無かったように退院していた。ではなぜ?俺はとても不思議に思った。なぜ今は何も「見えていない」のだろうか。やはり俺の「見た」ものは白昼夢だったのだろうか。

 「見えていない」状況はそれから二日続いた。

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