バン・デシネ

夢物語草子

第1話 廃墟

雨の中、周防七夜が裏路地で見たのは、ずぶ濡れの少女だった。前と後ろで色の違う赤毛。ボディスーツと言えばいいのか、ピッタリと肢体に張り付いたスーツ。額から血を流している。怪我をしていた。


「.................足を止めろ」

「え?」

「いいから動くな。狙いが外れる」


少女は粒子銃ハイ・ガンを取り出し、銃口を向けた。

そして、周防七夜は少女に頭を撃ち抜かれた。


【廃屋】


少女、アスターシャギー・シオンは薄汚れた建物特有の悪臭に顔を顰める。護衛体マイガードが一体しかいない以上、無理は出来ない。ここは我慢するしかないのは理解している。ただ、地球というところはあまりにも空気が汚染されている。


地球人こいつらは、ダニの末裔か。よく平気なものだ」


運が無かった。

よりにもよって交渉官として選出され、地球上に無数にある国家の一つ、日本に派遣された。そして、降り立って三日目で、謎の襲撃を受けてしまい、逃亡劇の真っ最中だ。

大帝國軍の誇りと名誉に誓い、嘘は言わない。アスターシャギーはこの任務に対して、非常に不満だった。たかだか辺境の、宇宙に進出もできていない赤子同然の惑星に何故、大帝國軍戦神艦隊オーディンのエースパイロットである自分が任命されなければならなかったのか。


「....................シャスタデイジーの仕業じゃないだろうな」


悪戯好きな幼馴染みの顔を思い浮かべる。

特権を利用してやりかねない。くそ、必ず生きて戻って問い詰めてやる。生存への覚悟と決意を固く誓う。

そこに、索敵を終えた護衛体マイガードの青年が戻って来た。顔立ちはアスターシャギーと瓜二つ。ただ、性別が違う。文字通り、アスターシャギーを守る為だけの存在である。


「報告を」

「半径四十キロにおいて索敵を開始。索敵における経過時間は一時間。敵影は確認できず。また、味方の信号も確認できません。繰り返します..........」

「報告は一度でいい」

「了解」


護衛体マイガードは口を閉じ、直立不動で佇む。

アスターシャギーは思案する。帯同していた二人の召使体サーヴァントは襲撃時に銃弾に倒れた。身の回りの世話をする存在がいなくなったのは、まあいいとしよう。

護衛体マイガードはもとより彼だけだ。性能は段違いに高く、よほどの死線でなければ死ぬ事はない。それだけ自信のある存在だ。

ただ、こうなると執事体バトラーを連れてくるべきだったと後悔している。その為に、逃亡中に見かけた移植適性の高い連れてきたのだが、結局、不可能なのが分かった。


「せめて二足機動兵器ウォーキングアームズがあればこのような無様を晒すことはなかった。口惜しい」


悔しさのあまり唇を噛む。名誉ある大帝國軍人にとっては拭いきれない屈辱だ。

だが、すぐに思考は襲撃者に対する疑念に変わる。

第一に、襲撃者の兵装を思い起こせば、殆どが実弾使用の武装だった。ライフルからハンドガン。ミサイルに至るまで全て実弾式だった。

協同国家体が首謀者とすれば、武装を使用するだろうか。実弾式は未だに使われているが、協同国家体の軍の全体では使用率は四割に留まるだろう。

大帝國においては、八割近くが光学兵器が占めており、二割程度が実弾式である。という認識が強く、実弾を主力武装にしている艦隊も部隊も殆どいない。

襲撃者の人数。武装。練度。観察して脳に刻みつけた記憶を思い返して、冷静に分析すれば、あの襲撃は重要性の高いものだと推測できる。

ならば、何故、より殺傷能力が高く汎用性の利く光学兵器を採用しなかったのか。


「.....................光学兵器が、実用化されていない..........?」


だと考えれば、説明がつく。

ただし、一部の疑問符も浮かぶ。実弾式にしても、こちらが把握している地球技術より一段階以上、上の代物だ。


「実弾兵器が兵器の頂点にあるとすれば、もっとも疑わしきは.........交渉相手の日本政府?。正式な交渉官を狙ったとすれば、理由は何だ?。そもそも、今回の交渉は日本政府が申し入れてきたものだ。私に万一の事があれば、大帝國は躊躇わず日本という国家どころか、その大地すら灰塵に帰すだろう。それも想像できないド阿呆どもなのか?」


欧州ヨーロッパが協同国家体と降伏交渉を開始したのが、約半年前。その影響は欧州の国々に多大な衝撃を与えた。世論は真っ二つに割れたと聞く。

けれど、アスターシャギーにとってはどうでもいいことだ。


「力場計測器は、重力子の使用痕跡を認めている。..............ふん、本当に不確定要素に過ぎる」

主人体マスター。急速に接近する機影を補則しました。反撃態勢に移行します」


護衛体マイガードは、瞬間創作を行い、周囲の廃棄物を分解、再構築して粒子銃ハイ・ガンを作製する。


「人で生まれ人であり人として死ぬ。大帝國の誉れぞ」


戦闘とは言わない。大帝國の軍人は常に戦争に身を浸すのだ。

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