ホテル清掃員の腰痛は重い。

幸文あさこ

1 ホテル清掃員の腰痛は重い。 

私はみち子、ホテルの清掃員をしています。


主な仕事内容は客室の清掃、廊下などの公共の場の整理整頓、バックヤードの補充などです。たまに、お客様がコールされたときには、アメニティやタオルをデリバリーすることがあります。


このお仕事を始めて、もう10年。最初はひと夏のアルバイト感覚だったのですが、あれよあれよとベテランになってしまいました。

私はこのお仕事が好きです。きれいになったお部屋を見るのは気持ちがいいですし、何より、あまり人としゃべらなくていいので。


あ、私、コミュニケーション能力、低いんです。


なのであまり人としゃべることが得意ではない人に、このお仕事のいいところ、逆に悪いところすべて見てもらいたいなと思いまして。



私が勤めているのは地元でも有名なリゾートホテルで、清掃員のみなさんはアルバイトまたは契約社員という雇用形態になっています。


お部屋の数はゆうに500部屋以上。お部屋タイプはシングル、ダブル、クイーン、キングと特別スイート、さらに特殊なトリプルやフォースと様々です。

その一つ一つが、タオルの枚数やデコレーション、アメニティグッズの飾り方が異なります。


さらに「どうやったらこんな狭い部屋にキングベッドを置こうと思ったのかなこのド腐れデザイナーが」と思わざるを得ないほど、デザイン的に窮屈なお部屋も残念ながら存在します。

そういう時はよく指先や足の指などを家具の角にぶつけてしまうので厄介です。


デザイナーや建築家への殺意でいっぱいになりながら、ベッドメイキングやお風呂掃除をしています。皆さんが泊まってきたホテルのお部屋も、誰かへの殺意とともに清掃されているんですよ。


さて、今日は清掃員のメインのお仕事である「チェックアウト後の客室清掃」を一緒に見ていきたいなと思います!

大丈夫です、ちょっとコツはいりますけど、すぐに慣れますよ。


まず、客室に入りましょう。お客様がチェックアウトされたことをバックヤードで確認して、ドアをノックします。

このとき必ず「清掃係です」とか「失礼します」とか、ホテルの者が来たということが分かる声かけを行ってください。

いるんですよね、チェックアウトした後も戻ってくるお客さんとか、旦那さんは先に出て、奥さん子供はまだお部屋に残ってるパターンが。

たまに残ってた人たちが全裸だったり、トイレ使ってたりするんで、ノックと声かけはすごく大切なんです。なるべく見たくないですからね、他人のそういうの。


ノックして、まぁ20~30秒くらい返事がなかったら、マスターキーを使ってドアを開けてください。

そのときも、必ず声かけしてくださいね。


ではまず、ベッドを見てみましょう。

このお部屋はクイーン、男性がお一人様ご利用です。

そうですね、結構ごちゃごちゃです。

人間というのは面白いもので、ホテルのお部屋に一人になるとかなり開放的な気分になるんですよ。

そして、人間はそんな気分になるとなぜか普段しないような奇行に出るんです。

本当に謎です。頭おかしいですよね。

でも10年もこのお仕事をしていたら、その奇行に振り回されることに慣れてしまいました!

まぁ、このお部屋は割ときれいなほうですよ。

一泊しかされてませんし。


それでは、使用済みのシーツをはぎ取って、新しいシーツでベッドメイキングしましょう。

使用済みのシーツや枕カバーは、奇麗なように見えても気持ち悪いのでゴム手袋を使用してくださいね。

素手で触るのはちょっと怖いですし。

はぎ取ったら、バスルームにある使用済みタオルとバスマットと一緒に丸めて、入口のあたりに置いておきましょう。

清掃が終わってからバックヤードに持っていきます。

では新しいシーツを使ってベッドメイキングしていきますね。

なるべくシーツがパリッとなるように、マットレスの下におり込みます。

これにはコツが必要で、まだ慣れるまでは手のひらを使って、ベッドの周りを一周するように織り込んでいきましょう。

マットレスは鬼ほど重いので、気を付けてくださいね。

そのあとはまたシーツを、でも織り込まないで、その上に毛布を載せます。

そしてまたシーツ。

ベッドの頭からだいたい50センチくらい、お客様が横になってちょうど胸のあたりになるくらいでシーツ二枚を毛布ごと折り込んで、マットレスの下に挟み込みましょう。

一番上のシーツがしわにならないように気を付けてくださいね。

まぁ本当はもっと細かいんですけど、今日はこれくらいで。

あんまり厳しくすると続かないんで。

え?結構腰に来る?

ええ、そうなんですよ。

腰に負担がかかる作業です。

膝をついて作業してもいいですけど、それじゃ機動力が落ちるし結局膝が痛くなってしまいますし。

私は痛み止め飲んでますよ、腰痛いんで。

ほかの人はコルセットしたり、整骨院に通ったりしてるみたいですけど。

枕カバーを付けなおして、ベッドの頭側に、しわが寄らないように丁寧に置いたら完成です。

シーツにも枕カバーにもシミがついてないか確認してください、ちゃんと業者さんが洗ってくれていますけど、たまに見つけるので。


次はバスルームとトイレですね。はい、ベッドと同じく荒れてますね。

人によっては髪の毛やひげ処理の後、メイク落としとかティッシュペーパーとか使用済みコンドームとか、かなり汚れています。

今回はアメニティの石鹸にシャンプー、あとティッシュが少しとビール缶二本だけですね。

これはかなりラッキーなほうです!

まずはゴミをまとめましょう。

手袋を忘れずに。

使用済みのグラスやコップはシンク内で洗います。

そのためのスポンジと洗剤も用意してありますからね。

浴槽用のスポンジと洗剤で、浴槽、シャワールームを洗っていきます。

このあとしっかりシャワーで汚れを流して、大きな雑巾で拭きあげて、表面を乾かしてくださいね。

この時も無理な体勢になるので、腰が痛くなっちゃいますよね。

本当にもう、シャワーも浴びて浴槽にも浸かって、さぞかしリラックスしたんでしょうねこのクソやろ…お客様は。


お風呂の拭きあげが終わったらトイレです。

ブラシとブリーチでしっかり磨いた後、汚れが残っていないか確認してください。

汚れが残っていなければ、雑巾で拭き上げます。

このときホコリがこのったりしないように気を付けてくださいね。

髪の毛は浴槽の中だけではなく、バスルーム全体に落ちているので、最後に箒を使って集めます。

さらに気になる汚れがあったらモップを使って奇麗にしましょう。

まぁ、お客様が床にゲボ…吐いたりしてないかぎりは使うことはないです。

バスルーム全体がきれいになったら、タオル、アメニティ、トイレットペーパーなど備品の補充をします。

このホテルはアメニティの種類が多く、お客様にも大変人気があります。

なので多くのお客様がすべてのアメニティを持ち帰る、なんてことはしょっちゅう起こりますが「この卑しい連中め」なんて思ってはいけませんよ。


ここまで来たら、ほとんど終わってるようなものです。

奇麗な雑巾に拭き上げ用の洗剤をスプレーして、家具を拭いていきます。結構いい香りがして、私は好きです。

テレビの裏とサイド、ベッドヘッドの上にはホコリが溜まりやすいので忘れずに。班長がチェックした後、ダストがこんなに~って、ぐちぐち言われちゃいますよ。


最後に掃除機をかけて清掃は終了です。

はい、この重くて古いタイプの掃除機です。

本体から象の鼻みたいにノズルが伸びてるタイプの。

これがまた腰に響くんですよね。

仕方がないですよ、なかなか予算が下りないんで。

新しく買い替える時もあるんですけど、安い奴はすぐに壊れちゃって、結局この掃除機に戻ってくるんですよね。

掃除機をかけ終わったら、もう一度全体を確認しましょう。

ベッドのシーツによれやシミはないか、アメニティは全て補充しきれているか、トイレットペーパーは予備まであるか、ベッドの下やクローゼットにゴミや忘れ物はないか…まぁとにかくお部屋が完璧かどうかダブルチェックしてください。

最後に、使用済みのシーツとタオルと一緒に部屋を出ます。

ここではしっかりと施錠を確認してくださいね。

犯罪防止のためです。



さて、これで1部屋が終了になります。お疲れさまでした。

ではこれからまたほかの部屋になります。

残り15部屋、これと同じことを繰り返します。

はい、合計で16部屋、これを朝の8時くらいから始めて、だいたい4時くらいまでに終わらせます。

ホテルにもよりますが、担当するお部屋の掃除がすべて終わるまで帰ることはできません。

ベッドの数やお部屋の大きさで終了時間はかなり変わってきますが、遅くて7時とか8時とかですね。

なので毎日、何時に終わるかわかりません。

お昼の2時に終わるときもありますし。

昼休憩ですか?新人研修期間なら行く時間は取れると思いますけど、私は8年くらいお昼休憩には行ってないですね。

行くと時間とられるので。

行かなかったらその分早く帰れるじゃないですか。


え?やっぱりこのお仕事、向いてなさそう?

続ける自信がないですか?

そうですか…慣れれば結構楽なんですけどね。

お掃除の手を止めなければ、テレビもラジオもつけてていいですし、お客様が残していったジュースやお酒がもらえることもありますし。

新人研修が終われば、仕事中は一人ですので人間関係もそんなに気にしなくていいんですよ、お部屋の最終チェックをする班長以外は。

たまに、本当にたまーに、芸能人や有名人の方がお泊りになることもありますし。

スポーツ選手とか、結構サインくれるんですよ。

あ、でもそのことをSMSで自慢したら問題になりますけどね。



そうですか、残念です。

え?お客として、このホテルは利用させてくださいって?

やめてください、ぶん殴りますよ?

私が掃除するかもしれないのに。

それではここで失礼します。できるだけ、ホテル清掃員に嫌われないような人生を。





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ホテル清掃員の腰痛は重い。 幸文あさこ @koubun-asako

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