第130話『あなたの国』







 でも、そういやあんまりこの辺の事情をこいつと話したことはなかったな。


「勇者は魔王を倒したら元の世界に帰る。そういうもんなんだよ。俺たちはそういう約束でこっちの世界に来ているんだ」


「…………」


 ジャードは言葉を詰まらせる。


 そして、


「僭越ながら言わせて貰えば、ニコルコからヒョロイカ卿がいなくなるは絶対にあってはならないことです……」


 真剣な目つきで俺を見据えた。


「この領地は今やあなたの国と言っても過言ではない。あなたがいなくなれば何もかもが成り立たなくなってしまう」


「…………」


 いや、俺一人いなくなったくらいで成立しなくなるとかありえんだろ。

 それじゃあ集合体としておかしい。

 誰が治めてもそれなりに機能するようじゃないと。


 日本なんて一年おきに国のトップが変わってた時期もあったんだぞ?

 そりゃ、最初の開拓こそ俺がガッツリ主導でやったけど。

 その後のライフライン維持は俺以外のやつらで回せるように仕組みを整備していった。


 騎士団はゴルディオンやシルバリオンにまとめさせているし、内政も大半のことはジャードに一任している。


 現時点ではまだ心許ないかもしれないが、俺は俺抜きでも歯車が狂わないような体制作りを心がけてニコルコを発展させてきたつもりだ。



「そうですね。ヒョロイカ卿は各所に責任者を用意して丸投げしていることがほとんどです。しかし、それはヒョロイカ卿が命じているからこそ。私はゴルディオンやシルバリオンの命令では動きませんし、彼らも私に忠誠を誓っているわけではない。ニコルコの中枢を回している者たちはあなたを中心にまとまっているのです」



 …………。

 そう言われるとなんとも言いがたいが……。

 それでも俺はこの世界に居続けることができない人間だ。


 ニコルコを俺ありきの場所にしてはならない。

 俺のいるべき場所にしてはならない。

 俺はいずれフェードアウトしていく存在として振る舞っていかねばならないのだ。



「デルフィーヌ嬢やエレオノール嬢、ベルナデットは知っているんですか?」


「さあ……はっきりと説明したことはないけど……」


 勇者がそういうもんだってことは彼女たちも理解しているはずだ……はずだよな?


「……俺の去就についてはもういいだろ。それより、近いうちにやる周辺貴族を招いたパーティの進捗は大丈夫なんだろうな?」


「はい、そちらは抜かりなく準備を進めておりますが」


「だったら、さらにそっちに注力していけ。物騒な強攻策は今のところナシだ。ニコルコは横の繋がりも薄いし、いざとなったときに人脈は大事だろ?」


 昔の人も言ってます。


 戦いは数だよ兄貴! と。


「……了解しました」


 ジャードは頷いた。

 でも、ちょっと不服そうにも見える。

 これ、大丈夫かなぁ。


 本能寺ゲージ溜まってないよね?





◇◇◇◇◇





「ジャード様、指示された犯罪奴隷を連れて参りました!」


 夜。


 ニコルコの内政官ジャードは一人の犯罪奴隷を尋問室に呼び出していた。


「済まないが、二人だけにしてくれるか」


 ジャードは奴隷を連行してきた騎士を部屋から下がらせる。


「どうだ? 奴隷生活には慣れたか? ヒョロイカ卿の気まぐれのおかげで処刑や鉱山送りを免れて運が良かったな」


「ふん、今さらヒョロイカの内政官が僕を呼び出して何の用だ? 明日も朝から町中駆け回ってクソを掘り返さなくちゃいけないんだ。さっさと寝かせてくれよ」


 ジャードが呼び出したのは、元勇者のパーティ候補のフランク・フルティエット――実家を勘当されているので今はただのフランク――であった。


「お前に訊きたいことは一つだけだ。フルティエット家はイェーガー侯爵家の件にどこまで関わっている?」


「はぁ? イェーガー侯爵家……?」


 ジャードの問いにポカンとするフランク。


「正直に答えろ。私に嘘は通じないからな」


 ジャードが冷徹な眼光でフランクを射貫く。


「いや、嘘も何も。国家転覆を企てて処刑された愚かな一族にフルティエット家がどう関わっているというのだ?」


「ハア……」


 本気で知らない素振りを見せるフランクにジャードは大きな溜息を吐いた。


「やはり、あっさりと切り捨てられるような次男坊では何も知らされてないか……」


「なっ! 切り捨てられ……!? ち、違うんだ! それはきっと何かの間違いで――!」


「……もう結構だ……」


 未だに現実を受け入れていないフランクを残し、ジャードは部屋を後にするのだった。





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