第114話『神様って本当にいたのね……』
じゃあ、さっさと引きこもりのいる家に行くか。
「あ、ヒョロイカ様、すいません。家に行く前にスシを買っていいですか?」
「なに? お前、スシ好きなの?」
「いえ、私は苦手なのですが。スチル様がものすごく気に入ってしまって。出かけるならスシを買ってきてくれと言われていたのです」
気に入って『しまって』ってなんだよ。
よくねーことみてーに言うんじゃねえよ。
スシは日本の祝い事に出される定番料理なんだぞ?
というか、よりによってあいつが気に入ったのかよ。
デルフィーヌたちには受け入れられなかったのに……。
そうそう。
言ってなかったかもしれないが。
実はニコルコにスシ屋を開店したんだよね。
試しにってことなんで、とりあえずは手頃な値段のやつを一店舗だけ。
売れ行きがいいなら高級店とか100円……100ゴールドの激安店とか。
いろいろランクをわけて数を増やしていくつもりだ。
ダスクがスシ屋の持ち帰り用の列に並ぶ。
俺はその間、ボケーっと佇んでスシ屋を眺める。
スシ屋の客入りは店内・テイクアウト共々、非常に盛況だ。
盛況ではあるのだが……。
スシの評判は激しく賛否両論だった。
好みだった者からは絶賛され、中毒のように通い詰めるほどまで惚れ込まれた。
しかし、好みでなかった者たちからは逆にボロクソに言われていた。
曰く、人間の食べるものじゃない。
曰く、食べ物で遊ぶな。
曰く、オークの餌。
酷い言われようである。
ちなみに魚の保存には旧エルブレッヘン皇国の獣人騎士たちが眠っていた棺を用いている。
あれには内部の時間を凍結する魔法効果があったからな。
そのままじゃエルブレッヘン皇国の王族縁者にしか使えない代物だったけど、デルフィーヌがいろいろイジってくれたおかげで誰でも使えるようになった。
すごいよね、デルフィーヌ。
マジ、デルえもん。
スシを買ったダスクが戻ってきたので彼女たちの家に向かう。
スチルとダスクの家はニコルコの余っていた土地に建てた分譲住宅の一つ。
購入者第一号はスチルで、その後しばらく売れることはなかった。
しかし、最近では情報通の富裕層や目聡い商人がポツポツと購入しにきていた。
この調子なら追加でもう何軒か建ててもいいかなぁってペースで今は売れている。
「スチル様、ただいま帰りましたよ」
しーん。
家に着いてダスクが玄関から声をかけるも返事はない。
「出かけてるのか?」
「いえ、そんなはずはないです」
「ないんだ……」
断言しちゃうんだ……。
「ああ、お風呂に入っているようですね!」
耳を澄ますと、シャワーの水音と、エコーがかかった感じの声が聞こえてきた。
~~~♪
~~~♪
~~~♪
~~~♪
どうやらスチルは風呂場で歌っているらしい。
ふむふむ……。
いや、普通に上手い。
普通にっていうか、かなり上手い。
これがあの10億ゴールド要求少女から出てる声……?
隣を見ると、ダスクがとてもドヤっとした顔になっていた。
「スチル様の奏でる聖歌は聴いた者の心を癒すと聖都でも評判だったのですよ」
「そうなんだ……」
相槌に『そうなんだ』を使うのは本日二回目。
そうなんだ広岡です。
「スチル様は可憐な容姿だけでなく、聖なる歌声までも兼ね備えているのです!」
ほーん、どっちも宝の持ち腐れ感すごいわ。
おや? 容姿……。歌声……。
「ふぃ~信徒の務めをサボって明るいうちから入るお風呂はサイコー!」
上気した頬をぶら下げて、スチルが暢気に風呂場から出てくる。
彼女はすっかり引きこもりライフを満喫している様子だった。
ダスクにだけ働かせている罪悪感みたいなものはないのだろうか?
「よう、久しぶりだな」
俺が声をかけるとスチルはピシリと固まった。
「あ、あんた……! ななな、なんでここに……! ちょっ! いやぁぁぁぁああぁっ!」
そして絶叫を上げる。
まあ、タオルを体に巻いただけの格好だったからね……。
正直、俺も反応に困ったけど。
あえて動じない態度で接することを選んだ。
こういうのは取り乱したほうが負けなのだ。
何が勝ちかはわからない。
「ス、スチル様! 着替えをお持ちしますので早く戻ってください!」
ダスクに追い立てられ、スチルはバタバタと風呂場にクイックリターン。
「だからいつも言っているではありませんか! あのようなはしたない格好で部屋をうろついてはいけないと!」
「なんで……もしかして信徒の務めを怠ったから……? うぅ、まさか神罰が本当にあるなんて……神様って本当にいたのね……」
ダスクとスチルの会話が風呂場から聞こえてくる。
スチルはあられもない姿を晒したことにショックを受けているみたい。
なんかごめんな……。
さり気なく聖職者にあるまじき発言をしていたのは聞かなかったことにしよう。
それがせめてもの贖罪だ。
アーメン。
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