第106話『完璧な論理』





 茶色に白に灰色。

 色とりどりの猫たちがゆったりとした歩調で寄ってくる。

 あちゃ~。今日は猫ゾーンから出ちゃだめだぞって言ったのになぁ……。


 聖獣だってバレたら厄介だからと念押ししたのに。

 やはり猫は犬と違って言いつけを大人しく守ってくれないぜ。

 ま、そんな気ままなところが可愛いんだけど。


『なぉ~ん』

『ふなぁん』

『ん~なぅ』


 猫たちは俺に近づいて身体を擦りつけてきた。


 おーしおし、おしょしょ~。


 這い寄る毛玉たちを撫でまわす。

 顔をふわふわの毛に埋める。

 ストレスが解消されていくような感覚があった。


 やはり接待というのは神経を擦り減らすものなんだな……。


 俺が気づいていなかった疲れを癒していると、ネイバーフッド伯爵が無粋な声を上げた。


「なんだこいつらは! 化け物か!? ヒョロイカ殿! 危険ですぞ!」


 化け物? この人は何言ってるのだろうか。


「ネイバーフッド伯爵。ただの可愛い猫じゃないですか? あ、もしかしてネイバーフッド伯爵は犬派とか?」


「犬派……? いや、そういうことではなく! 猫がこんな大きさはありえんでしょう!」


「いや、猫の大きさはこれくらいすよ」


「まさか! 我が領でも見かけるが、ここまで巨大ではないぞ!」


 俺は、そういえばうちの猫たちは聖獣ってだけじゃなくデカいんだったと思い出す。

 前者を意識しすぎて後者を忘れていた。

 立派になっちゃって……。


 いや、今は感激している場合ではない。


 さすがに大きいというだけですぐに聖獣と結び付けはしないだろうが、ここは適当な理由で納得させておいたほうがいいだろう。


「周囲を見てください。ネイバーフッド伯爵以外は誰も騒いでなくないですか?」


「た、確かに……。平民たちは何事もないようにしているが……」


 伯爵は自分の反応が周囲から浮いていることに気付いてハッとした表情になる。


 よし、引っかかった!


「でしょう? だから、猫はこれが普通の大きさなんですよ」


「そ……そうなのですか? し、しかし我が領地でこのようなサイズの猫は……」


「それは恐らく、伯爵のところには大きくならない種類の猫しかいなかったのでしょう」


「…………」


 ネイバーフッド伯爵は俺の巧みな弁舌で黙り込む。


 かつて没にした『これが普通であるという空気で押し通す』に『そっちにはたまたま小さいのしかいなかっただけ』を合わせることで完璧な論理が完成した。


「…………」


 ポカンとした顔で硬直するネイバーフッド伯爵。

 フッ、何も言い返すことはできまい。

 俺もだいぶインテリなトークが上手くなった。






 バッサバッサバッサ。


 強い風と共に地面が大きな影に覆われる。



『あっ、じろぉ! ちょっと聞いてよ、さっき森でさぁ~』



 面倒なタイミングでブラックドラゴンが大空からやってきた。

 この野郎ォ! やっと猫を誤魔化したところだったのに!

 今日と明日は町に来るなって言っただろォ!


 あれ……? 言ってたっけ? 

 言っておこうと思った記憶はあるんだが。

 言いに行った記憶がなぜかない。


「不思議だ……」


『なにがー?』


 まあ、ブラックドラゴンが町に来るのはよくあることだから仕方ないか。


 領民たちはとっくに慣れっこになっていて、ドラゴンが羽ばたく真下でも普段通りの生活を続けている。


 ただ、


「ひゃあっ! まさかドラゴン!? しかもこの色は伝説のブラックドラゴンかぁ!?」


 初見のネイバーフッド伯爵はそうもいかなかった。


 また何か言って誤魔化さないと!


「伯爵、こいつはアレですよ。翼が生えた大きいトカゲです。だから問題ないですよ」


 これで安心してくれるはず。


「そ、そんなわけがあるかっ! これはどう見ても邪悪なドラゴンだろう!」


 ダメだった。


『そうだよ! ぼくはドラゴンだよ!? ひどいよ、じろぉ!』


 上空で羽ばたきながら異を唱える黒トカゲ。

 やかましいわ! 話を合わせろ!

 あ、でも俺以外にドラゴンの言葉はわからないんだっけ?


 だったら別に言わせといていいのか?


「なんと恐ろしい唸り声……こんなものが現れたら町中パニックに――」


 ドラゴンの声が咆哮にしか聞こえない伯爵はそう言いかけて、ふと周囲を見渡す。


 そして、


「パニックに――なっていないッ!?」


 そう叫ぶと、ネイバーフッド伯爵は頭を抱えて地面に突っ伏してしまった。

 おお、自分だけが騒いでて恥ずかしくなったのかな。

 夕飯の献立は豪勢にしてあるからそれで元気出してくれな?


「ヒョロイカ殿、ここは魔境なのですか……?」


「いえ、魔境はもうちょっといったところにあるあっちの森ですよ」


 なぜか誤解しているネイバーフッド伯爵に俺はちゃんと教えてあげるのだった。








 その後、魔法で出した水の掛け合いで遊んでいたり、土魔法で砂の城を作っている子供たちと遭遇してしまったりもしたが――


「ネイバーフッド伯爵! あれは手品です! 手品!」


「ああ、そうですか……」


 ネイバーフッド伯爵はそれについては一切追及してこなかった。

 平民の魔導士がたくさんいるのはヤバいことってデルフィーヌが言ってたのを思い出して割と焦ったんだけど。

 なんか無気力な感じで流されて終わった。


 聖水、猫、ブラックドラゴンのときはあんな騒いでたのにね。

 

 ネイバーフッド伯爵の驚く基準はようわからん。


 最後に騎士団の演習風景を見学してもらって俺のガイドは無事終わった。

 演習はジャードが絶対に案内しろと言うから見せたんだけど。

 果たしてどういう意図があったんだろうか?


 まあ、とにかく。

 これで残すは晩餐会くらいだ。

 残すといっても食べ残すわけじゃないよ。


 なんてね。




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