第101話『王城での密談2』
◇◇◇◇◇
-ハルン公国王城-
ユリナール・ハルンケア8世は玉座に腰掛け、謁見を申し出てきた貴族と対面していた。
「して……ボツタクーリよ、何用じゃ?」
口元のヒゲをいじりながら、ハルンケア8世は語り掛ける。
謁見を申し出た貴族、ボツタクーリ辺境伯は神妙な表情で頷き答えた。
「はい、実は魔王を倒した功績で貴族になった冒険者、ジロー・ヒョロイカの治める領地の影響で我が領は経済的な被害を受けておりまして……」
「ほう、ヒョロイカの? どういうことか、申してみよ」
「それが……」
ボツタクーリの領地はミエルダ王国との国境沿いに位置していた。
そして、これまでハルン公国からエビ連邦に向かう最短のルートは彼の領地からミエルダ王国を経由して行くことだった。
最先端の技術力を誇る大国、エビ連邦に続く領地。
ボツタクーリはその優位な立地条件をいいことに通行や積み荷に対して高額な税をかけて私腹を肥やしていたのだが……。
近頃はどういうわけか彼の領地を通行していく者がじわじわと減少していた。
「気になって調査をしたところ、どうやらジロー・ヒョロイカが魔境を切り開いて連邦や各国に通じる街道を作り上げたことが原因と判明したのです」
連邦と直結したニコルコの出現でボツタクーリの領地は立地の優位性を失い、高額な税を搾取される彼の領地はルートとして避けられるようになってしまったのである。
「待て、ボツタクーリよ。ヒョロイカが魔境を切り開いたじゃと? それは真のことか?」
「はい、実際にニコルコを経由して連邦に赴いたと商人から言質を取っております」
「なんということじゃ……!」
ハルンケア8世は驚愕の表情を浮かべて唸った。
魔境といえば魔王城周辺の森以上に強力な魔物がひしめき、踏み入ることすら憚られる危険地帯である。
歴代の王たちも、そこに棲む魔物の対処をしながら開拓することは不可能と断念して代々放置してきた。
もし開拓したというのが事実なら、ヒョロイカはハルン公国の歴史に残る一大事業を成し遂げたことになる。
(まさかヒョロイカの力がそこまでだったとは……恐るべきか、勇者の力よ)
ハルンケア8世はヒョロイカの能力に対する認識を上方修正した。
ただ、それでもその力が自分に向かって来ればどうなるかという可能性については微塵も思い至らないのであった。
ボツタクーリは話を続ける。
「道を繋げただけなら私もまだ許せました……。しかし、ヒョロイカは通行に関する税を取らないという方針を掲げて平民に媚びを売り、他の領地の収益を無駄に切迫させようと画策しているのです!」
ちなみに、常識的な範囲の税しかとっていない他の辺境領地はさほど影響を受けていない。
税のかからないメリットより、距離的な部分を天秤にかければ多少の税を払ってもニコルコ以外から出入国したほうが安上がりになる場合もあるからだ。
甚大な痛手を食らったのは専売特許でなくなったにも関わらず強気な税率を変えようとしないボツタクーリの領地くらいなのだった。
しかし、
「陛下! ヒョロイカの周囲を鑑みない政策のせいで多くの貴族が被害を受けております! どうか公国のために賢明な処置をッ!」
ボツタクーリはさも貴族全体が大きな不利益を被っているかのように熱弁する。
余談だが――
連邦の商品が公国でやたらと高額なのは、彼の領地が通行税を高く設定している影響があったりなかったりする。
そう、あくまで余談だが。
「他にも魔境から得た資源を我が国ではなく連邦の商人を頼って取り引きしているなど、ヒョロイカには公国に対する愛着心もないのです。ニコルコはそのような者に預けたままでいい領地ではないと――なくなったと思いませぬか?」
いろいろと棚に上げつつ。
ボツタクーリはハルンケア8世に進言した。
「ふむ、そうか……やつは魔境に眠っていた資源も手中に収めたということか……」
ハルンケア8世は玉座で深く考え込んだ。
誰も踏み入れることができなかった魔境は当然ながら何者の手も入っていない。
眠っていた資源はすべてヒョロイカのものとなってしまう。
どうせ大した収入は見込めないだろうと思い、損なく威厳を示せそうだと考えて税の免除を許可したことが仇になろうとは……。
今さらなかったことにするのは体裁が悪すぎる。
王としての威信に関わる。
だが、このままでは金銭面で困窮したヒョロイカに協定中の他国へ侵攻命令を実行させるという目論見が難しくなる。
野心がモリモリになったハルンケア8世にとって、それは非常に困ることなのだった。
「なんとかしてヒョロイカから領地を没収する口実を得られぬものかのう……」
思わず口を突いたハルンケア8世の呟き。
それを聞き逃さなかったボツタクーリはここぞとばかりに前のめりになって意見をした。
「では、ヒョロイカが領地で謀反を企てていたと公表して領地と爵位をいっぺんに奪ってしまうのはいかがでしょう?」
「謀叛じゃと……? ヒョロイカがそのような動きをしている気配があるのか?」
「いいえ。ですが、是非はどうでもよいのです。例えば騎士の数を増やしたとか、騎士団の装備を新調しただとか。そういう些細な取っ掛かりから疑いをかけ、大々的に調査に入った後で証拠を捏造すれば何も問題はありません」
ボッタクーリは高額な賄賂をハルンケア8世に献上することで流通を停滞させかねない高い税率や数々の不正行為を見逃してもらっていた。
だが、もしニコルコが繁栄を続け、ボツタクーリ領から交通のシェアを完全に奪っていくようなことになれば。
ハルンケア8世を満足させるだけの金額を捻出することは当然難しくなってくる。
それはボツタクーリにとって死活問題だった。
だからこそ、彼はハルンケア8世をそそのかしてヒョロイカの足を引っ張る必要があった。
「ボツタクーリよ、具体的な策はあるのか?」
「私の考えとしては我々の息のかかった者にニコルコを訪問させ、その者に疑いありと証言させるのがよいと思うのですが」
ハルンケア8世の問いにボツタクーリはふんわりとした構想で答える。
「ふむ……そちはどう考える?」
迷ったハルンケア8世は宰相に意見を求めた。
「そうですね……あらかじめ抱き込んでいた複数の間者たちからも連絡が途絶えておりますし。何かしらの探りは入れるべきだとは思います。とはいえ――」
「そうか、ならばそのようにするとしようかのう!」
「…………」
宰相の同意を得たハルンケア8世は途端になんだか行けるような気がしてきた。
宰相は人員を送るという点にしか同意をしていないのだが……。
背中を押して欲しいだけだったハルンケア8世にとってはどうでもいいことなのだろう。
「ふふっ。すべてを取り上げた後、ヒョロイカにはせめてもの情けで国境警備の役目を与えてそのままニコルコに置いてやるとするか。魔王を倒した勇者だけあって戦闘力は折り紙付きじゃからな。魔境に代わり、他国から公国を守る新たな防壁となってくれるじゃろう」
ハルンケア8世は皮算用をしながらほくそ笑む。
「勇者……? 陛下、我が国の勇者召喚は失敗したのでは……?」
召喚妨害の事実を知らないボツタクーリは首を傾げた。
「むっ!? ああ、そうじゃな? 勇者並にあやつが強いという意味で言ったまでよ。それ以外の意味はないぞ……?」
「は……そうでしたか。余計なことを申しました」
訝しく思いながら。
しかし、君主に対してこれ以上の詮索はできない。
ボツタクーリは大人しく引き下がった。
「では、万が一のときは切り捨てても問題ではなく、それなりに発言に信憑性を持たせられる身分の者を証人役の駒として選別するのじゃ!」
ハルンケア8世は意気揚々と宰相に命じた。
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