第102話『酢飯の上に生魚の切り身を乗せたジャパニーズフード』





◇◇◇◇◇




 大聖国で聖女をやっていたヘイスティール・E・アルカディアこと、スチルの来襲から数日が経った。

 彼女はギルドを飛び出して逃げたあの日以降、一切音沙汰がない。

 てっきり翌日には何食わぬ顔で銭闘を再び仕掛けてくると踏んでいたんだが。


 アンナに圧倒的な力量差で心折られたのが相当響いたのか?


 従者のダスクが特に塞ぎ込んだ様子もなく普通に町を歩いていたから、走りに行った魔境でくたばったとかではないと思うけど。


 会いに来ないってことは俺に仕える話は白紙と見做していいのだろうか。

 まあ、人間性のマイナスを差し引いてでも欲しいって人材じゃなかったしな……。

 彼女の件はあっちからアクションがあるまで保留にしよう。


 また会いにきたらそのとき考えればいい。


 俺だって暇じゃないのだ。





 ある日の昼飯時。



「できたぜ! へいおまち!」



 俺はニコルコの名物候補として考えている料理を自ら調理し、デルフィーヌ、ベルナデット、エレンに振る舞っていた。



「こ、これがそうなのね……」


「…………」


「なんと奇怪な……」



 皿の上に置かれた赤や白の物体を見て微妙な表情を浮かべる3人。

 俺が用意したのは酢飯の上に生魚の切り身を乗せたジャパニーズフード。

 要するに『寿司』であった。


 大トロ、中トロ、エンガワ、タイ。


 ネタとなった魚はいずれも聖水の湖から獲れたもの。


 湖で何か食える魚ない? とナイアードに訊いたところ、日本で見たことのある魚をたくさん見せられたので、これはもう寿司を握るしかねえと思い実行したのだ。


 ちなみに海水魚のマグロ、ヒラメ、タイ等々がどうして湖にいたのかは不明である。

 まあ、異世界だしね。

 あと普通の水じゃなくて聖水だからね。


 元の世界にも好適環境なんたらっていう、海水魚でも淡水魚でも生きられる水があるって聞いたことあるから聖水もきっとそういうやつなんじゃないかな?


 よくわかんないけど。

 きっとそうなんだと思うよ。

 それでいいじゃん?





「ささっ、醤油とワサビにつけて! パクっと!」


 醤油はニコルコで作られていたしワサビもその辺に生えていた。

 どっちも領民たちが調味料として普通に使ってたからすぐ手に入った。

 米といい、ニコルコは日本食の材料が転がってるから楽でいいわ。


「ジ、ジロー、本当にこのまま食べて平気なの?」


「もちろんだ。獲れたてだし、綺麗な水で育ってるから問題はない」


 普通の水なら寄生虫とかの心配もあるけど。


 浄化作用のある聖水ならそういうことは考えなくていいだろう。


「そ、そう……」


 戸惑いを隠せず、口に運ぶことを躊躇っているデルフィーヌたち。

 生魚を食べる。

 そんな慣れない文化の料理だから不安に感じるのは仕方ないかもしれない。


 だが、俺も試しに刺身で食ってみたけど、舌の上でとろけるってこういうことだったのかと生まれて初めてその意味を知れたと感激するくらい美味いネタだった。


 だから食ってみればハマる可能性は十分あると思う。

 なんたって聖水の湖で育った魚だから。

 聖水の湖にいた魚。


 その肩書きと響きだけでなんかもうメッチャウマそうに感じない?




 やがて――



 なんやかんや葛藤しながらも食べ始めてくれた3人。



 もぐもぐ、が×3で行われる。



「どうだ?」



 俺は今まで寿司なんか握ったことはなかった。

 だが全マシに含まれる料理スキルのおかげで絶妙なシャリの具合で寿司を握ることができた。


 ネタとシャリ。

 素材は高水準。

 寿司としては神クラスの出来栄えなはず。


 銀座で店をやっていたらアメリカ大統領が到来してもおかしくない一品だと思う。


 あとは異世界人の舌にマッチするかなのだが――



「ごめん、やっぱり生の魚って苦手だわ……ワサビとかいうのもちょっとキツイ……」



 デルフィーヌが申し訳なさそうに箸を置く。

 ワサビがツンとしたのか少し涙目になっていた。



 続いてエレンも、



「ヒロオカ殿、すまないが私もこのスシというのはあまり……というか、この酸っぱいコメは腐っているのではないか?」



 酢飯だよ! 腐ってねえよ!



「ジ、ジロー様が作ったのですからっ……最後まで食べなければ……うっ……!」



 ベルナデット、無理しなくていいから。

 3人とも何貫か食べてくれたけど、あまり芳しくない反応だった。

 うーん、ダメかぁ……。


 生魚を食べるのに抵抗があったぽいから想定範囲といえばそうなんだけど。

 でもさ、ここは普通、



『すごい! 美味しい!』

『いくらでも食べられるぞ!』

『こんな料理を思いつくなんて流石です!』



 みたいな、大絶賛が始まるところじゃない?

 アイディアすごい、日本食バンザイになる流れじゃない?

 米が苦手なことといい、彼女たちはつくづく日本食と相性が悪いみたいだった。





 その後、せっかく準備したんだからダメもとで男連中にも食わせてみた。

 すると――



「うむ、これはいいものじゃな!」

「とろける味わいがクセになるのう」

「ニホンシュと合わせるといいかもしれませんね……」



 ゴルディオン&シルバリオンのジジイコンビとジャードには割と好評だった。

 どういうことだ? 

 刺さるヤツには刺さるってこと?


 寿司はマニア向けなの?


 デルフィーヌたちには微妙で、こいつらにウケたのは何か複雑な気分だ……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る