第91話『カナンリハ』





-エアルドレッド邸-



「おおっ! まさかこんなにすぐ来るとは! よく来たな!」


 エアルドレッド邸に着くと、エレンの父親であるブラッド氏が元気よく迎えてくれた。


 お土産で持ってきたニホンシュと魔獣の肉を渡しながら挨拶を交わす。


「長い旅路で疲れただろう? まずはゆっくり休むといい」


「いえ、転移スキルでパパッときたんでそうでもないっすよ」


「む? しかし、エレオノールは妙にぐったりしているが……?」


 ブラッド氏はベルナデットに抱えられた自分の娘を見て訝しそうにする。


 まあ、当然の疑問と反応だな。


 だが、おたくの領地がうんこまみれなのが理由でこうなりましたとは言いにくい。


「これは別件で……。とりあえずエレンだけ休ませてもらえますか?」


「よくわからんが……おい、エレオノールを部屋に運んでくれ!」


 エレンはメイドさんたちに連れていかれた。

 しっかり寝て落ち着いてこい。

 それで、できることならうんこのことは忘れろ。






 俺たちは応接間に移動して互いの活動報告を簡単に行なった。

 ブラッド氏の根回しは概ね順調に進んでいるようだった。

 俺も領地が少しずつ発展していることを伝える。


 資源が見つかったよ。

 魔法教室を開いたら素質のある子どもがいたよ。

 連邦の商人と取り引きを行なって様々な最新技術を手に入れられそうだよ。

 新たな団長や団員を迎えて騎士団の練度や規模が増してきたよ。

 下水の整備ができたよ。猫は元気だよ、エトセトラ……。


 ブラッド氏は『なんと! さすがだな! ガハハ!』とか『魔導士の素質のある子どもがいたとは運がよかったな!』とか『いい人材が集まったみたいで何よりだ!』とか『町全体に下水を行き渡らせたらどんな感じだ?』とか『猫はそんなにいいのか?』とか、自分のことのように喜んでくれた。


「ねえ、ジロー。その言い方だと、おじさまに全貌が正しく伝わらないんじゃ……。お土産のニホンシュとかさ……」


 デルフィーヌが複雑そうな顔で俺に耳打ちしてくる。

 そうかぁ? 酒なら飲めばわかるだろう?

 名産品にする予定の美味いヤツですってちゃんと言って渡したし。


 領地に関してはちょっと簡略化してるけど、ありのままを伝えたはずだが?


「そりゃ、言ってることはそのままだけどサラッとしすぎてない?」


「ヒロオカ殿、フィーちゃん、どうしたのだ?」


「あ、いえ、なんでもないですよ。ところで、バルバトスの話では魔王城から見つかったものがあるって聞いたんですが……」


 情報交換も済ませたので、俺はここに来た本題を切り出した。


 デルフィーヌもそっちのが興味あるっしょ?



「…………」



 否定はされなかった。



「うむ、では今から会いに行こう。彼女は上の階にいるのだ」



 ブラッド氏は案内すると言って俺たちを連れ出した。


 彼女? 上の階にいる……?




 ちなみにデルフィーヌは応接間を出る間際まで『おじさまは絶対正しく理解してないわ……。ちゃんと理解したらあんな暢気に笑ってられないもの……』とか言ってた。


 しつこい。




◇◇◇◇◇




 ブラッド氏に追随して屋敷の廊下を歩き、ある一室の前に辿り着く。


 ブラッド氏がドアをノックして中に入っていったので俺たちもそれに続いた。



「カナンリハよ! 入るぞ!」



 豪快に進んでいったブラッド氏の先には一人の少女がいた。

 年齢は12、3歳くらいだろうか?

 上品なウェーブを描いた橙色のロングヘア。


 スッと通った綺麗な鼻筋と切れ長の目。

 スレンダーな体躯に蒼白といっていいほどの白い肌。

 こちらを見ているはずなのにどこか別の景色を眺めているような儚い印象の眼差し。


 深層の令嬢という表現がピッタリの少女がベッドに上体を起こした格好で座っていた。

 

 しかし……、



「ブラッド様、どうされたのです?」



 俺たちの入室を確認して少女がこちらを向く。



「カナンリハよ! 勇者様が来てくれたぞ!」


「え? 勇者様……?」


 その少女は――両腕が翼、下半身は鳥の脚をしていた。

 これってあれか? 

 いわゆる……。



「うむ、彼女は数百年前に絶滅したとされるハーピィの生き残りだ」



 ブラッド氏が先んじて答えた。

 やっぱそうだよな。でも絶滅してたの? それは知らなかった。

 ハーピィ、ファンタジー世界なのに見たことないと思ってたんだよね。


 デルフィーヌとベルナデットも驚嘆の表情をしていた。



「まさかハーピィが今の時代に生きているなんて……」


「…………?」



 いや、ベルナデットはよくわかってないだけか。




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