第90話『俺の見てきたこの世界の姿』
◇◇◇◇◇
バルバトスが来訪してきた次の日。
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
唐突だが、俺はウレアの街に来ていた。
ウレアの街。
それは最前線の街と呼ばれていた場所。
かつて魔王城の一番近くにあった街。
今は魔王軍が壊滅して、ただの国境付近の街となっている。
俺が最初に訪れ、ベルナデットやデルフィーヌ、エレンと出会った街でもあった。
…………。
どうして今さら来たかって?
それは昨日の酒の席でバルバトスが、
『そういえば、ウレアの領主から言伝を預かっていた……。魔王城の跡地で見つけたものがあって、ヒョロイカに相談がしたいらしい……。領地経営に余裕ができたら一度ウレアに来てほしいそうだ……』
って言ってたから。
余裕ができたらってことは急ぎの用事じゃないと思うけど。
転移スキルならすぐ行けるし、早いに越したことはないはずだからね。
俺は魔法陣に関するブツの可能性も考えてデルフィーヌを誘い、エレンにも里帰りさせてあげようと思って声をかけた。
ベルナデットは俺の護衛だと言って自分からついてきた。
イレーヌを始めとする獣人騎士たちもベルナデットが俺の護衛をするなら自分たちはベルナデットの護衛をするとのたまってきたがそれは置いてきた。
護衛の護衛って意味わかんねーよ。
ちゃんと騎士として領地の平和を守ってください。
てか、バルバトスは貴族からの伝言をそういえばってついでみたく話しちゃう感覚でギルドマスターとしてやっていけるのかな……。
転移スキルで瞬く間にニコルコからウレアに到着した俺たち四人。
エアルドレッド邸に直通でもよかったんだけどね。
せっかくなので街を見て回ってから行くことにしたのだ。
「懐かしいですね、ジロー様」
「ああ、そうだな」
ソーセージの美味いバー、奴隷商、武器屋、服屋、冒険者ギルド。
思えばここからすべてが始ま――あ、俺の始まりは魔王城だった。
いきなり魔族に囲まれて死を覚悟した思い出がよみがえる。
街に来るまでに森で遭難もしたよなぁ……。
あれホント、俺が即戦力のチートじゃなかったら詰んでたよ。
「ふっ、まだこの街を離れてから数か月しか経っていないのに随分と久しく感じるな……」
…………。
俺のすぐ後ろを歩くエレンがゴキゲンな調子でニヤケていた。
久々の地元で何かに浸っているっぽい。
ちょっとした凱旋気分なんだろうか?
大きな仕事を成し遂げてきた者の顔をしている。
「ふっ、懐かしき故郷の空気だ……うーん、この香り。最こぅ……」
エレンは感慨に耽ったようなセリフを吐き、大きく深呼吸をした。
すると、
「ほがっ!? ごはごほけほっ……!」
激しくむせた。
きっと、その辺に落ちてるうんこの香りがしたんやろなぁ。
皆さん、お忘れかもしれないが……。
ここはうんこの街なのだ。
当然のように汚物が道端に散らばっている街なのだ。
ポイ捨てが禁止されて清掃が行き渡り、水洗便所が町全体に配備されたニコルコとは違うのである。
「な、なんなのだ……これは……ッ!?」
エレンは愕然としながら糞尿がそこら中に撒かれた街を見渡す。
「くっ……!」
あ、崩れ落ちて地面に膝を着いた。
あいつ、大丈夫か……?
くっ……の後に殺せとか言わないよな?
「ウレアが……愛するウレアの街が違って見える……」
表情を虚ろにさせ、這いずって道端のうんこに手を伸ばそうとするエレン。
「ちょっとエレン!? なに触ろうとしてるの!?」
デルフィーヌが友人の奇行を慌てて止める。
「フィーよ、私はわからない……。私は今までどうしてこの異常な光景が気にならなかったのだ……? 汚物の臭いに塗れた街並みを素晴らしいとさえ思っていたのだ……? わからない、わからないワカラナーイ……」
絶望に打ちひしがれて口調が壊れる銀髪美少女。
なんか一瞬でげっそりしちゃったんだけど。
ゴルディオンジジイに続いて、これもまた人体の神秘ですね。
まあ、原因はエレンが清潔になったニコルコの町に慣れたせいだろうな。
彼女の衛生基準が上方修正されてしまったため、故郷が以前のイメージと一致しなくなってしまったのだ。
そりゃまともな衛生意識があったら排泄物と共存なんてエンガチョですよ。
エレンよ、現代寄りの衛生観念を身に着けた今ならうんこの隣を平然と歩いてる連中がどれだけありえないかわかるだろ?
そっちのマニアとしか思えないだろ?
それが……! 俺の見てきたこの世界の姿なんだよッ! って、エレン……?
「領民を守らねば……こんな悪辣な環境に民を晒し続けるわけには……何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ……」
エレンはしゃがみこみ、早口でブツブツ呟いていた。
怖い。
新しい価値観を得たことで見えた故郷の実態が相当ショックだったのね。
これはもう歩いてくのは無理か……。
ベルナデット、エレンが動けないみたいだから抱えてくれない?
いや、そんな引いてやるなって。
お前もたまにそんな感じだぞ……とはさすがに言えなかったけど。
俺たちは転移で屋敷に向かった。
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