第89話『ニホンシュ』




「ところで、あえてニコルコで職員やろうと思ったのは理由あんの?」


 バルバトスがニコルコでの求人を見つけてと言っていたのが気になったので訊いてみた。


「うむ、お前があの戦いで剣を貸した狼獣人の女がいただろう……」


「ああ、神獣になってヒャッハーしてたねーちゃんのこと?」


 奴隷商で初めて会ったときにオラつかれたから割と印象に残ってる。


 神獣になった効果なのか、戦いの後で奴隷の首輪が外れて自由になったんだよね。


「彼女は……フェリシテはオレの昔のパーティメンバーでな……。かつて魔王と戦った時に姿を跡形もなく消されたから、てっきり殺されたとばかり思っていたのだが……。実は転移スキルで違う場所に飛ばされていただけだったようでな……」


 飛ばされた先で彼女はいろいろ騙されて奴隷となってしまい、巡り巡ってウレアの奴隷商で売られていたそうな。


「フェリシテが生きていたのなら、他の仲間も同じように飛ばされただけで生きているかもしれない……。だから……様々な国と繋がったニコルコのギルドで働いていれば残りの仲間たちの行方も掴めるのではないかと……そう考えたのだ……」


 なるほど、バルバトスはかつての仲間を探そうとしてるのか。

 けど、情報が入ってくるかは不確定だろ?

 ただ待っているだけでいいのか?


「なに、もともと死んだと思って諦めていたんだ……。ゆっくりと事務仕事をしながら気長に待つさ……。切羽詰まっているわけでもないからな……巡り合わせがよければいずれ会える」


 こういう、ある意味ドライな余裕は常に生死を懸けている冒険者特有の価値観なのだろうか?


 まあ、ニコルコはそのうちもっと多くの人が行き来するようになる……いや、させるつもりだ。


 そうなったら彼の願いも達せられる日がくるかもしれないな。


「そっか、なんにせよ。バルバトスもニコルコに住むんだろ? これからよろしくな?」


「ああ、よろしく頼む……」


 彼がマスターなら冒険者ギルドとも良好な関係を築いていけるだろう。

 ギルドの設置でまた一歩領地改革が進展した。

 溜まってた魔獣の死体も一気に換金できそうで助かる。


 ジャードはいい仕事してくれたぜ。


「そうだ、バルバトス、せっかく来たんだし一杯呑んで行けよ。実はニコルコの特産品にする予定の酒があるんだ」


「むっ……酒か……? 興味はあるが、今日は仕事で来たのだが……」


「領主に挨拶に来たんだろ? なら、誘われて酒を飲むのは普通だって!」


「そ、そういうものだったのか……!?」


 バルバトスは目から鱗とばかりに唸った。


 これは合意とみてよろしいですね?


「ジャード、メイドさんに日本酒を持ってくるよう言ってくれるか?」


 ずっと黙っていて空気だったジャードにも話を振って、ハブられてる感じにしない俺の優しさが炸裂する。

 そういう気遣いはいらない?

 まあまあ、どうせならお前も一緒に飲もうぜ? 


 他に仕事があるから遠慮しとく?


 あ、そうっすか……。





 メイドさんが日本酒を持ってきた。

 容器は領地の職人が作った壺です。

 魔獣の肉で作ったソーセージをツマミで用意して準備はオーケー。


 日の明るいうちから飲む酒は背徳感があって格別な味がするよね。


「ほう、いい匂いのする酒だな……。色も水のように澄んでいる……」


「どうだ? 美味いか?」


「ああ、飲みやすくて後味もすっきりしている……不思議な風味だが素晴らしい……」


 口の中でモゴモゴ味を楽しんでいるバルバトス。


 気に入ってもらえて嬉しいね。


「これはニホンシュっていう、ニコルコに古くから伝わってた米で作る酒でさ。伝統があるから惰性で作ってたらしいんだけど、そんなに美味しくないって話だったんだ。けど、使う水をその辺の井戸水から俺のスキルで出した聖水にしたらメッチャ美味くなってよ」


 あの日本酒と同じなら水次第で変わるんじゃないかと思ったのが正解だった。

 最初にニホンシュを伝えたヤツが作ったときはすげえ美味かったって話も残ってたし。

 多分、そいつは日本から転移してきたヤツで水にもこだわって作ってたんだろうな。


 ひょっとしたら高いレベルの水魔法が使えたりしたのかもしれない。


「ぶっ……! ちょっと待て……では、この酒は聖水を使っているのか……!?」


「あ、聖水って言ってもアッチの意味じゃないぞ?」


「それはわかっているが……。そんな勘違いをするやつがいるのか……?」


 うちの領地のシスターとおっさんはしてたよ。


「お前の聖水は魔王を撃退する純度のものだろう……? そのレベルの聖水は恐らく伝説級のレアアイテムになる……。それで製造された酒となれば一体どれほどの値がつくのか……」


 バルバトスは震えながらコップに入っている日本酒を眺める。


「今飲んでるのはともかく、実際に売るのは俺が出したのより純度が落ちる聖水で作るよ?」


「いや、聖水を使ってる時点で値段はどちらにせよ相当なものになるはずだぞ……」


「そうなの? そこら辺はジャードに任せてるからよくわかんねぇや」


「こんなとてつもないものを気軽に振る舞われるとは思ってなかった……。あの内政官が渋い顔をしていたのも納得だな……」


 あいつは大体いつもあんな感じの顔だよ。

 そんなのを気にするなんてバルバトスは見かけによらず繊細ですな。

 ま、再会を祝してパァーっと行こうや。


 バルバトスは複雑な表情をしていたが、やがて諦めたように溜息をついてグイッとコップの中身を飲み干した。


 おお、豪快だ。けど、なんかヤケクソになってない?




 そして、


 この後、二人でめちゃくちゃ酒盛りした。

 けど、聖水仕立てだから二日酔いにならないんだぜ。

 すごいだろ?



 ま、回復魔法があればすぐ治せるから俺にはそこまで意味のある効果じゃないけど。






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