第74話『中世的なうんこの常識に勝利したのだ。』





◇◇◇◇◇




 翌朝。



 ビシュ、ビシュ、ビシュ! 



 浄化魔法を撃ちながら俺は町を歩く。

 表通りに人間のうんこはすっかり見なくなったな。

 家畜の糞は稀に落ちてるから定期的な掃除はまだこうやって必要だけど。


 最近の領民たちは汚物を決められた特定の場所に捨てるようになった。

 ふっ、これ見よがしに連中の前で清掃を続けた甲斐があったというものよ……。

 無垢な子供たちが何度も綺麗に片づけた場所を繰り返し汚せる猛者はそういまい。


 普通なら今まで自由だったものが規制されたら苦情が出そうなもんだけど、地道な清掃活動で下地を作ってたおかげで糞尿を道端に捨てることの禁止令は比較的スムーズに受け入れられた。


 人間の良心に訴えかける平和的解決手段。


 俺は高度な知的戦略を用いて中世的なうんこの常識に勝利したのだ。



 ちなみに、うんこがなくなってから領民たちも『体調がよくなった』『食欲が増した』『空気が美味しくなった』などなど。


 町をクリーンに保つことの素晴らしさを実感し始めている。


 せやろ、せやろ? 

 今まで平気だったのがおかしかったんやで。

 ククク、清潔な暮らしを知ってしまえばもう元には戻れまい……。


 この調子ならもう放っておいても自分たちで今の状況を維持しようとするだろう。

 下水もジゼルが職人を連れてきたら工事が始まる予定である。

 領民の意識改革は順調で、町の衛生は少しずつだが現代に近いものとなりつつあった。




 あとは温泉だな。

 領民が無料で入れる銭湯とかを作ってやりたいんだよね。

 身体を毎日洗う習慣を定着させたいのよ。


 けど、湯源がなかなか見つかんねぇんだよなぁ……。

 もしかしてこの世界に温泉はないのか?

 俺は諦めないぞ……。


 あくまで領民のためにね?


 繰り返して言うけど、あくまで領民のry




◇◇◇◇◇




「ちーす、やってるー?」


 教会を訪ねると、デルフィーヌが子供たちに魔法を教えていた。

 彼女には二週間くらい前から町の子供を対象にした魔法教室を開いてもらっている。


「あらジロー、見に来たの?」


「どうよ、経過は順調か?」


「それがね、聞いてよ!」


 俺が訊ねるとデルフィーヌは待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせ、


「この子たち全員に魔導士の適性があったの! 基礎だってもう習得しちゃったんだから!」


 ほう……。

 それがどのくらいすごいのかは不明だが、彼女の話しぶりから察するに良好な結果というのは間違いなさそうだ。

 調子がいいのは何よりである。


 魔導士が増えたら今後の領地経営の幅が大きく拡がる――と、俺が考えていると、


「ねえ、なんか平然とした顔してるけど。これってとんでもないことなんだからね?」


 デルフィーヌが不服そうに頬をプクッと膨らませる。

 あれ? なんか不機嫌になっちゃった?

 また対応をミスってしまったか?


 せっかく前の夜のヤツでのギクシャクが風化できたと思ったのに。


 王都でスイーツ奢ったりしてるうちに有耶無耶にできたと思ったのに。


※魔法陣研究に必要な道具を買いに転移スキルを使って二人で行ってきました。


 あ、そうか。

 この短期間で基礎まで覚えさせたというのは恐らく彼女の手腕あっての成果。

 それを当然みたいな態度で流されたら面白くないよな。


 基準がわからないからスルーしちまってた。


 ここはきちんと礼を言っておくべきだった。


「ありがとう、デルフィーヌ。お前がいてくれて助かった。頼んで本当によかったよ」


「え? あ、うん、どういたしまして……」


 デルフィーヌは照れくさそうに頬を掻いてはにかんだ。


 よし、正解の対応をできたな――と思いきや。


「そうじゃなくて!」


 ずびしっ! と指を突き出す美少女魔導士。


「…………?」


「ここは唖然とするところでしょ! あたしたちがいつもジローにさせられてるみたいに! させられてるみたいに!」


「ええ……」


 彼女が求めていたのは俺の驚いた反応だった。

 なんじゃそりゃ!

 まあ、たまには意趣返しをしたくなる気持ちもわからんではないけど。


 二回も言うなんて、そんな大事なことだったの?



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