第58話『内通者』



◇◇◇◇◇



 教会から屋敷に戻る。

 執事が玄関で出迎えてくれた。


「旦那様、お帰りなさいませ。指示通り、皆を中庭に集めております」


「おお、そうか。ありがとう」


 出かける前に言づけしておいたんだよね。

 ベルナデットとジャードを引き連れ、そのまま中庭へ赴く。

 騎士団約50名、使用人5名。俺の配下につく者たちが勢揃いしていた。


 皆の前に立ち、こほんと咳払い。

 そして、



「どうも、皆さんの領主になったジローです。よろしくゥ!」



 挨拶をした。けど、

 しーん……。

 反応が鈍い。拍手とかないのか……。


 緊張してんの? 

 それとも休日云々関係なく呼び出したから怒ってんの?

 ま、いっか。



「じゃあ、いきなり訊くぞ。このなかに王や他の貴族とかと通じてる人はいるか?」



 俺の問いに戸惑いながら互いの顔を見だす使用人&騎士たち。

 あんまり意味がわかってなさそうだ。


 …………。

 …………。


 返事しねえな。埒が明かない。



「『はい』か『いいえ』で答えろ! ほら、せーのっ!」



「「「「「「い、いいえ!」」」」」



 ふむふむ……。

 当然のことながら、『はい』と答えたやつはいなかった。

 嘘を吐いても意味ないんだけどね。


 真偽判定という便利なスキルが俺にはあるんですよ。

 配下の者たちの間を縫いながらポンポンと肩をタッチして歩き回っていく。



「俺が肩を叩いたやつらはこっちにくるように」



 騎士が数十人とメイドちゃんが一人、おずおずと前に出てくる。

 よし、きたか。逃げる前にっと。

 ズズズズッ。


 俺は地面に手をかざし、土魔法で牢屋を形成。



「な、なんだ!?」

「ふ、ふえぇ!?」

「で、でられない!?」



 捕獲完了。ほんの数秒の出来事。逃走の暇も与えなかった。

 おわかりだろうが、彼らは判定に嘘が出た内通者である。

 まあ、やっぱりいたなって感じだよ。


 王の野郎、一か月の間にコソコソ仕込んでいやがったんだろうなぁ……。



「ほう、やるものですね」

「…………」


 感心しているジャード。

 無言のゴードン。

 こいつらにも訊いておこう。


「ジャード、ゴードン。お前らはどうだ? 内通者か?」


「私はヒョロイカ卿に逆らう意思はありません」


「…………」


 ジャードはさらっと言った。

 対照的に答えぬゴードン。

 ……あれ?


「どうした、ゴードン? 答えられないのか?」


 俺が詰め寄ると、ゴードンは目を泳がせ、冷や汗をダラダラと流し始めた。

 いくら喋るのが苦手でもこれはおかしい。

 俺の隣に控えていたベルナデットが剣に手を伸ばす。


「どうなんだ? おい?」


 ドスを利かせてもう一歩詰め寄ると、


「……イ、イイエ」


 裏返った声でゴードンは小さく『嘘』を吐いた。


「そうか、残念だ。お前には期待してたのに」


「!?」


 ビリビリッ。

 電流を流して気絶させる。

 ゴードンは巨体をドサッと倒して地面に転がった。


 これで不穏分子の排除は完了か。




「しかし、お前がシロとは。本音を言うと一番怪しいと思っていたぞ」


 ジャードは嘘を吐いていなかった。

 こいつは王や他の貴族と繋がっていないクリーンな存在だったようだ。

 人は見かけによらないんだな。


 疑ってごめんね、と思っていたら。


「いえ、ヒョロイカ卿の動向を定期的に伝えるよう指示はもらってますよ。見返りに中央の役職を提示されてね」


 ジャードが悪びれる様子もなく言ってきた。

 おい、どういうことだ。

 俺のスキルに反応はなかったぞ。


「嘘は吐いてませんから。私は逆らう意思がないと言いましたが、誰からの指示も受けていないとは言っていない」


 なるほど、そういう抜け道もあるのか……。

 いや、そういう話じゃない。


「お前、どういうつもりだ? なぜそんな話をした。黙っていればやり過ごせたはずだろ?」


「あなたの信頼を得るためには下手に隠そうとせず、早々に打ち明けたほうがよいと判断したからです」


 そりゃ後から知るよりマシかもしれんが……。

 堂々と内通者だったと言ってるやつを信用できるか?

 こいつは何を考えている?


 見逃してくれと許しを乞うているようには思えんが。


「私の望みはただひとつ。あなたの下でこのまま内政官として働くことです」


「馬鹿言うな。内通者を傍におけるかよ」


「私は内通者としての仕事を続けるつもりはありません」


「……捕まりたくないから言ってるのか?」


「いえ、今の公国が腐っているからです」


「ほう?」


 こいつも王の周辺が終わっていることを知っているのか。


「やってきたのが中央にいるロクデナシと同類なら売り渡しても構わないと思っていました。しかし、あなたには中央の命令を無視しても仕える意義がある」


「つまり、俺はお前にロクデナシじゃないと評価されたわけか?」


「私は上位の人間を品定めするような無礼はしません。意義を感じたか否かです」


 回りくどい言い方だな。

 役人というやつは煙に巻くような言い回しを好むのかね。

 ううむ、どうするべきだろう……。


「ヒョロイカ卿は革新的な発想と優れたスキルをお持ちのようですが、内政の実務をする能力や経験はないように思われます。そのような人物を得る伝手もすぐには見つからないはず。私を召し抱えないで遠ざけるのはヒョロイカ卿にとって大きな損失となるでしょう」


 ジャードは自信満々に言い放った。

 よくまあ、今の不安定な立場でこんなこと言えるわ。


「私は上位貴族に仕えていた実績もあります。あなたが王都に匹敵する領地を作り上げようとするのなら、私の経験と手腕は必ず役に立ちますよ」


 ジャードの瞳に一瞬だけ強い感情の光が見えた気がした

 そこには成し遂げなければならない何かを渇望する執念のようなものが感じ取れた。

 …………。



 上位貴族に仕えていたジャードがなぜこんな田舎の領地にいるのか。

 こいつが中央の指示を無視して俺に仕えようとする理由はその辺にありそうだ。

 しつこく探るつもりはないけどな。



 ……ふむ。


 

 ジャードは癖のあるやつだが、スキルの対抗策を瞬時に編み出すなど頭の回転は悪くない。


 これで無能だったらお笑い草だが、手放すには惜しい人材のように思えた。


 俺は決断を下す。



「では、これからも内政官として腕を振るってくれたまえ」


「かしこまりました。中央のブタバエどもを追い落とす国をここに作り上げていきましょう」


「…………」


 はっきり言葉に出すなよ。

 何はともあれ。

 ガッチリと握手を交わして俺たちの主従契約は新たに結ばれた。


 この選択が正しかったのかどうかは――いずれわかることだ。




 ベルナデットとジャードが睨み合う。


「ジロー様が決めた以上、異論はありませんが、わたしはあなたへの警戒を緩めませんよ」


「構いません。私が仕えるのはヒョロイカ卿です。あなたの評価や信頼は不要です」


「…………ちっ」


「…………ふん」


 彼らの相性はよくなさそうだ。

 大丈夫かなぁ……?

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