第31話『ペロッ、コレハ、聖水!?』



『ナンダナンダ、クセモノカ?』

『ペロッ、コレハ、聖水!? グフッ……』

『マサカ、魔王様タチガ消エタ場所ニアッタ聖水ト関係ガ!?』



 廊下の向こうで騒ぐ声がする。急がなきゃ。

 指先からできるだけ細く、範囲を絞るように水を放出していく。


「わ、わたしだって勇者と旅をするために選ばれたパーティメンバーなのよ! ここで怯えてるわけにはいかないわ!」


 デルフィーヌが杖を抱えてガタガタ震えながら戦いに向かおうとする。

 いや、頼むからじっとしててくれ。

 お前、どうせまた突っ込んでやられるだけだろうが。


「ベルナデット、止めてきて」


「かしこまりました」


 ベルナデットに指示を出し、俺は作業に集中。

 ビビビッと周囲の床一帯を切り取る。



「何するのよ! 邪魔しないで! 誰かが足止めをしないと!」


「ジロー様の命令なので」


「ふ、二人とも落ち着くんだ!」



 女どもがぎゃいぎゃいやってる間に切り抜きは終了した。



「よし、終わったからもう行くぞ。こんなところにいつまでも用はない」



 ベッドを取り出して床に置く。全員が乗ったら飛行魔法で浮かばせる。

 同時に魔物たちが部屋に突入してきた。



「おいしょー!」



 最後っ屁という感じで俺は壁にでっかい穴を開けた。

 ベッドが通れる隙間を遥かに超える、無駄に大きいやつをドカンとな。

 ジメジメした部屋の風通しをよくしておいたぞ!



『オオオ、マッ――! 魔王城ガアアアッ!』


 

 魔物たちが悲鳴を上げる。

 こいつらに後ろから攻撃されたら面倒だな……。

 俺はベッドの上から聖水を部屋全体に万遍なく振り撒いた。


 気分は軽く、花への水やりだ。



『アイアイアァァア――イッ』

『ノギャアアアアアッアッ』

『アッアッアッアッアッ』



 シュウシュウと音を立てて苦しみだす魔物たち。



『……モ、モウジキ、ヒザマ様ガ、城ニ戻ッテ来ルンダ! ソウナッタラ、オマエラ、ミンナ、丸焼キダアアアアア――ッ!』



 魔物は断末魔に近い叫び声を上げ、最後に意味深な捨て台詞を吐いてくたばった。

 ……ヒザマが帰ってくるとか、気になること言うじゃねえかよ。



「ええ、なによアレ……上級の魔物たちが一瞬で……」


「す、すさまじいな、ヒロオカ殿の実力は……」


「さすがです、ジロー様」



 女性陣は魔物の群れをあっさり倒した俺の戦闘(と呼べるのか不明だけど)を見て、それぞれ面白い反応をしている。


 どや、あれが勇者の実力やぞ!

 以降はあれを俺の最低限の基準と考えて意見するように。


 俺たちは空飛ぶベッドで魔王城を後にした。



 そして、その日の夜……。


 全身に炎を纏った巨大な怪鳥が最前線の街の上空を飛び越え、魔王の森に入っていく姿が確認されたのである。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 翌日。



「ヒロオカ殿、私の父と会って欲しいのだ」


「はあ?」


 将軍ヒザマが突如として街の上空を通り過ぎて行ったことによって、最前線の街はピリピリとしたムードに包まれていた。


 もともと魔王城と近接した街であったため、そこまで大きく取り乱すような住民はいない。


 だが、それでもいつもとは何となく違う緊張感が街全体から漂っているのは間違いなかった。

 


 街がそんな微妙な雰囲気に陥っているにも関わらず、エレンが早朝から宿を訪れて言ってきたのが前述の台詞である。


 こいつはこんなときに何を言っとるんだ?

 てっきり王都に向かう日程の相談に来たと思ったのに。

 ああ、でもそれだとデルフィーヌもいないとおかしいよな。



「……えっと、家族にご挨拶的なアレなの?」


「そ、そうじゃないぞ! そういうのじゃない! 勘違いするな!」


 必死になって否定を行なうエレン。


「なんだ、違うのか」


 おじさん、焦っちゃったぞ☆

 俺はまだおじさんじゃないけどな。

 自虐はいいが人に言われるのは許さない系のネタである。


「そうだ、違うんだ! ……だから、ベルも睨まないでくれ! 頼むから!」


「…………?」


 エレンの視線を追って振り返ってみる。すると、

 ヒェッ……。

 目のハイライトを消したベルナデットが剣を半分ほど抜いて背後に佇んでいた。


 俺はいろいろなものが縮み上がった。

 なんだこれ、なんだこれ……。

 わさわさ……。


「ふう、エレンが女狐になったかと思いました。よかったです、剣を汚さずに済んで……」


「…………」


「…………」


 魔王城への行き帰りで交流を深めた女性陣はそこそこ距離を縮めたらしく、互いに気安く名前や愛称で呼び合う仲になっていた。


 特にエレンとベルナデットは剣の稽古を一緒にしたこともあって、割と意気投合していた――いたはずなのだが。


 それでも剣の錆にしようとしてたとか……ヤバくないっすか、ベルナデットさん。


 主人に悪い虫がつかないようにする忠誠心が故なの? 

 それとも愛? 愛なら重すぎる……。

 これからは『さん』を付けて呼んでしまいそう。

 

 どうしてこうなった? ああ、そうだよ。俺のせいだよ。

 漢、広岡二郎――言い訳はしないッ!



 開き直りはするけどな。えへへ。

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