第5話『そこは褒めてよ。』
人里を目指してから三日が経っていた。
「よく考えたら、俺って飛行魔法のスキル持ってるじゃん……」
半ば遭難しかけていた俺はようやくその事実に気が付いた。
俺の三日間はなんだったんだ。足を棒にして歩き回ってたのに。
森で木の実を取ったり、魔法で水を出してたから飢えの苦労はなかったけど。
すげえアホみたいだ……。
ちょっと落ち込んだが、気を取り直して切り替える。
「どうやって飛ぶべきかな」
俺の頭はすでに飛行時の形態についてでいっぱいになっていた。
思い浮かべるのはウル〇ラマンやドラ〇ンボールのスタイル。
でも、あの体勢は首が疲れそうだ。バランスも取りづらい気がする。
………………ぽくぽく、ちーん。
俺はアイテムバッグから座布団を取り出して地面に敷いた。
元から入っていたので恐らく魔王の私物だったのだろう。
彼は腰痛持ちだったのかもしれん。腰は痛めたらくせになるよな。
座布団に胡坐で座り、空に浮かぶイメージをする。
ニンニンニン……。
おおっ、座布団ごと空へ直上した。やったぜ。成功だ。
膝小僧を掴み、ハンドル代わりにバランスを取っていく。
……これならいけるか。
胡坐で浮遊とか禁欲的な修行の果てに至った境地っぽい。
本当はチートのインチキなのに。
高度が上昇すると空気が冷たくなる。あんまり高く行きすぎないようにしなきゃ。
周りに生えてる木よりも遥かに高い位置から地上を見下ろす。
森を抜けた草原の先に街を確認した。結構頑丈そうな砦に囲まれてるな。
魔王城に近い最前線だし、防衛に力を入れてるんだろう。
俺が倒したからもう必要ないけどな。
少し誇らしくなってニヤけた。
ブーン。空飛ぶ座布団で街に行く。お空を自由に飛んでいく。
待ってろ、勇者が朗報を伴ってそっちへ行くぞ。
「なんだお前は! 怪しいやつめ! 新種の魔族か! 喰らえ!」
ピュンピュン。
砦の入り口っぽいところに降りようとしたらヤグラにいた騎士からいきなり弓を放たれた。
プスップスッ。
ああ、座布団に刺さった。ああっ、もう! 何しやがる!
敵意がないことを示すため、腕を大きく振ったがお構いなしに矢は飛んでくる。
俺は勇者なんだぞぅ。魔王を倒したんやぞぉ。
お前らの代わりに国を守ったんやぞぉ!
ピュンピュン! プスッ! プスッ! この野郎!
「…………」
話にならないので一時撤退。
歓迎されると思ったらこの扱いですか。俺は深く傷ついた。なんやねんこれ。
おかしい、こんなことは許されない……。
ショックで震えることってあるんですね。
俺が去ると門の周りにいた騎士たちが勝利の雄叫びを上げていた。
ちくしょうちくしょう……。覚えてろよ。
俺は森に戻って涙を流しながら不貞寝した。枕ではなく座布団を濡らして。
数時間後、手酷い仕打ちから俺は少しだけ立ち直った。
街へは徒歩で向かうことにした。
これで追っ払われたら魔王城を乗っ取って俺が魔王になったる。いや、マジで。
トコトコ歩いてしばらく。俺は門に着いた。
結構距離あったな。飛べばあっという間なのに。
空が橙色に染まっている。寝ていた時間もあったから、もう夕方か。
「……坊主、どっから来た? こっちは魔王の森しかないだろ? 身分証明書は持ってるか?」
槍を手に持った門番のおっさんに声をかけられた。
今回は攻撃されなかった。空を飛んでいないからかな?
さっきの空飛ぶ座布団が俺だって気づいてないのだろうか。
時間経ってるし、あの時いた人たちとは別の人なのかも。
つか、坊主ってなんや。俺は25歳だぞ。
あれか、日本人は若く見えるっていうやつか?
おっさんはヨーロッパ系の彫りが深い顔立ち。
金髪とエメラルドグリーンの瞳がイカしてる。
異世界の人種のスタンダードはやはり西洋人なのね。
頑張れよ、アジア系遺伝子。
「おっさん。俺、勇者なんだけど。間違って違うところに呼ばれちゃったみたいでさ。魔王倒してきたんだけど見る?」
「ハッハッハッ。坊主、面白い冗談を言うじゃないか。どうしたんだ、上級魔物でも狩ってきたのか?」
ダメだ。信じてもらえてない。ネタだと思われてる。
あんまり意固地に主張してもあれだし、ちょっと世間話するか。
「おっさん、勇者召喚に関する話でなんか知ってることない?」
「あれだけ騒ぎになったのに聞いてないのか。どこの僻地にいたんだ?」
「なんかよくないことでもあったの?」
「我がハルン公国の勇者召喚は失敗したんだ。それで召喚に失敗した魔導士貴族は処刑、家も断絶、残った家族には多額の賠償金が課せられたって話さ」
酷い話じゃん。そこまでするか? 俺はちゃんとここにいるのに。
魔導士の人も浮かばれねえな。
「そんな大仕事を任されるんだから優秀な人だったんでしょ。簡単に殺しちゃってよかったの?」
「他の国はどこも成功してるからなぁ。剣聖やら聖女やら。ウチだけ失敗して国王様がぶち切れちゃったんだってよ」
「へえ。なんか怖いね。王様ってやばい人だな」
「滅多なこと言うなよ。不敬罪で捕まるぞ」
「…………」
おっさんの顔はマジだった。自分も割と軽口みたいなこと言ってたくせに。
王政ってやっぱ受け付けられねーわ。
王様がキレただけでサツガイとかありえねーよ。
民主国家に生きてた現代日本人には理解できない仕組みだ。
死んでしまった人はどうしようもないけど、ちゃんと俺が魔王を倒したんだから家族への罰はチャラにしてあげてほしい。
「で、お前さんはどこから来たんだ? 街に入るなら身分証明書か通行料が必要だよ」
「…………」
「そんな目で見るなよ……。決まりなんだから仕方ないだろ」
「身分証があればお金はいらないの?」
「そうだ」
そうなのか。でもどっちも持ってないんだよなぁ。
「魔物って狩ってきたらお金になったりする?」
「ああ、冒険者ギルドに持って行けば換金してもらえるぞ。ただ、ここは最前線だから出てくるモンスターはどいつもこいつも手強い。駆け出しならもっと安全地帯に行ったほうがいいと思うが」
「ちょっと待ってて。今取り出すから。どれくらいになりそうか見てくれない?」
「取り出すってお前、何も持っていないじゃ……」
俺はアイテムバッグから森で狩ったモンスターをぽいぽい出していく。
積み重なる死体の山。
三日前の死体もバッグの効果で腐っていない。
城のやつらは後でいいか。全部出すのも面倒だ。
「お、おお……」
門番の顔色がみるみる変わっていく。周りもざわつきだした。中にはこちらに武器を構えてくるやつもいる。
穏やかじゃないね。
もっとゆとりをもって生きようぜ! 最前線じゃ仕方ないか。
「お、おい! 誰か冒険者ギルドの人間を呼んで来てくれ! 査定ができるやつと、できれば代表もだ!」
……なんか大事になっちゃった。
もっと少量でよかったかも。魔王出さなくてよかったわ。
「すごいな、これだけの上級魔物を……一人で狩ったのか?」
「上級ってすごいの? これでもまだ一部なんだけど」
「まだあるのか……」
おっさんは呆れていた。そこは褒めてよ。
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