48

 塔のフィールドは海の真ん中に聳える立体フィールドだ。船で運んでもらい、1階から最上階は40階だとWikiには書いてある。各階のフロアは幾つかの柱で支えられ、剥き出しの床は周囲に広がる海の景色をまったく妨げない。フロアを踏み外すと真っ逆さまに海に落ちる。二階三階なら無傷ですむが、高層からだとそのまま墜落死の判定が付く特殊フィールドだった。運営も底意地悪く、突進系、投げ飛ばし系の技を使うモンスターを配備しているという情報を掴んでいた。

「突き落されたら墜落死だと思ってるプレイヤーも多いけど、本当のトコ、海面に叩きつけられたらアウトっていう判定になってるんだよ。ほら、騎士職には飛翔のスキルあるから。」

「飛翔スキルってその為にあったんだ、へー。」

 新規で追加されたスキルの一つを思い浮かべ、冬夜は感心した。ほんの僅かな時間しか飛べないスキルが何の役に立つのかと思っていた。魔法スキルの一つで、自動で詠唱されるにしても発動までに長いタイムロスがあり、しかも一度使うとしばらくは使えないという制約の厳しいものだ。

「あんま派手に投げ飛ばされたら飛翔を使ってもアウトだけどねー。面白いよー、もがきながらあとちょっとで辿りつけずに落ちてくプレイヤー観ると。」

 酷い言い草だ。


『次のギルド対抗戦の舞台になるんじゃないかって言われてるよ。』

 誰かの割り込みが空中に文字となって現れた。冬夜が顔を上げるのに釣られたように、たっくんとアキラも続いた。

『突進でしがみ付いて来るおサルのモンスターが居るんだけど、ものすごく嫌われてるよー。』

『飛翔は一人分の体重しか支えられないからな、しがみ付かれて無理心中させられるとほぼアウト。』

『あのクソフィールドが次の大会で使われんの? 大嫌いなのに、ひでぇ。』

 ギルド・ログでもあれこれと、話題はすっかり塔のフィールドの事となっていた。

『落下中におサル倒してギリギリで飛翔使えたら、拍手喝采が受けられるけどね。』

 誰かの言葉の後で、割って入ってサブマスが説明を続けた。

「そうそう、スキルだと発動までに時間が掛かるんだ。およそ5秒だけどね。で、飛翔でも間に合わない距離で使えるのが、魔導士・弓師ご用達の裏ワザなんだよー。飛翔スキルが習得できるのは上級者のレベル500以上でしょ? それまでの繋ぎになるし、覚えて損はないよ、トウヤ。」

「それってどうやるんですか? ぜひ、教えてください。」

 レベル500など待てない。冬夜は即座に食いついた。

「感覚が大事だから、かなり練習を積まなきゃならないけどね。トウヤは我慢強いだろうし、大丈夫と思うよ。スリング・ショットの応用編ってところなんだ、海面が迫ってきたギリギリの距離でこれを使うと反動で一瞬浮くんだよ。二階以下の距離で使うとセーフの判定に変わるのさ。」

 同じ使用法は魔導士のシリンダーでも行えた。

「ただし、猛スピードで落下するわけだからね、二階分の高さなんてのは一瞬で通り過ぎちゃう。タイミングは極めて微妙、習得するのは難しいよ、トウヤ。」

 かくして、冬夜の特訓が始まった。


 塔のフィールドは情報通り、海の中に聳えて海岸からは遠くの全景しか見えなかった。王都からさらに進んだ港町へと拠点を移し、冬夜とアキラは新ダンジョンに挑む。桟橋に係留された小型ボートが塔へ運んでくれる唯一の足だ。

『今日は手が離せなくてそっち行けないけど、二人で大丈夫ー?』

 ロリウィッチ、由宇がギルド・ログを使って連絡を寄越してきた。今日は初めての新フィールドだというのに、ギルドのメンバーは誰も都合が付かないという珍しい日となってしまい、二人だけでアタックする事になっていた。もともと二人は他の面子を交えずに来ているから、問題もないだろうと見られている。

「大丈夫ですよ、どっちみちこの先はソロかペアでの攻略を考えてたし。一緒です。」

 冬夜は答えつつアキラを見遣った。アキラは後ろに控えて不敵に笑っていた。

『気を付けてね、多人数用だから見知らぬプレイヤーも入ってくるよ。PKに注意してね。』

 もう冬夜たちは新人レベルとは言えなくなっており、ギルドの報復規定からは外れている。今まで遠慮していた紳士的なプレイヤーたちが、隙あらば二人を狩ろうと狙うようになった。ここは対抗戦のいい練習場という位置付けだ。

『そう言や、ユーザー動画が投稿されてたけど、新手のPK手法観た? 一瞬でも先に海面に触れた方が殺された判定になるらしいよ。』

『判定がキワドイな。要検証ってトコだ、飛翔スキルの範囲自体が確定データ出てないじゃん。』

 まだ直接には会ったことのないギルドメンバーのログが加わった。時々はこんな風に常連以外の名前を見かけるが、彼等とはログでの会話程度の付き合いしかない。

 新実装のあれこれに関しては、プレイヤー自認の検証班があの手この手でデータを集め、Wikiには連日新たな検証結果が投稿され続けている。対抗戦が開始されるまでにはかなりの部分が解明されているだろう。

 由宇は残念さを口調に滲ませて通信ログを送ってきた。

『トウヤたちはさー、ちょうどメンバーが手薄の時間帯にログインするんだよねー。あと一時間待てば、大挙してギルド員が参加してくるんだけど。』

「俺たち学生だから無理ですよ、休みに入ったら少しは融通が利くと思いますけど。」

 二人は互いが高校生だという事だけはカミングアウトしていた。冬夜はアキラが現実にも女性である事を知っていたが、どう切り出すべきかは解からない。タイミングもなく、知っているという事は黙ったままだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る