23 がーるずぶらんど
先日の事があって、ゲームにINしてからも冬夜とアキラ、二人の話題はイベントの事ばかりになっていた。相変わらずの武骨ガントレットにメイド服のアキラだったが、最近になってヘルムまでが装備に加わっている。バケツにそっくりのフォルムだから通称でバケツヘルムだ。見る度に冬夜は溜息を零したくなる。
「トウヤは幾つ買う予定?」
ダンジョンの薄暗い石造りの廊下でアキラが問いかける。喋るとバケツがぐらぐらと揺れて、バケツが元々の頭であるかのような錯覚を見る者に感じさせる。
アキラは、せっかくの美しい顔を武骨な兜の中に隠してしまって、密かに憧れていたらしき幾多のファンを絶望させた。冬夜が一人でINした時などは筋違いな苦情を何件も聞く羽目に陥った。ギルド加入の時期に重なっての事だから、要らぬ心配を掛けてもいた。しかし、当人は一向に気に係らないらしく平気なものだ。冬夜も近頃ではすっかり慣れてしまったが、当初にはそんな狂想曲が流れていたのだった。
「俺は10個くらい? コインの枚数分だけは買いたいけど……、」
コインが100枚200枚にならぬ保障はない。ギルド員全員の釣果がそのまま個人ごとのコイン報酬になるからだ。
「そうだよね、あのギルド大きいから全員が一匹ずつ釣ってもすごい数だもんね。どうすんだろ?」
「口ぶりじゃ、大変みたいな事言ってたけどなぁ。」
湿った空気が肌にまとわりつく。ひんやりとしたダンジョン内部はリアルとは違い清潔で、蟲が這っているような事はない。遊園地のアトラクションじみた空間でリアリティより快適さ優先になっていた。ダンジョンはピラミッドや古代の石造り建築を思わせる内装で、それぞれ部屋と廊下は分厚い扉で仕切られている。今、その全ての扉は開かれていた。室内に残された宝箱が中央や隅の方にぽつねんと取り残されているばかりだ。
アキラは課金のアイテムにはほぼ興味を持たなかった。それが、このイベント前夜の間に、徐々に心境の変化が現れ始めていた。
誰もが熱狂的になる事柄に、顔を背け続けることは難しい。バーチャルネットゲームは元々が高価な市場、そこに集まる客層もまた、それに見合った富裕層が大部分を占めるのだから、動く金額の上限はあってないようなもの。今では一大市場にまで成長しており、政治的にも迂闊に手出しが出来ない状況に近付きつつあった。ビジネスとして成功したカルチャーは、多少の弊害では潰されない。倫理より金が優先されるのだ。それでも弱者救済の道は幾つか用意され、冬夜のような学生やあまり豊かでないプレイヤー層はそちらを目指すようになっていた。一円も掛けない手段はまた、天井知らずとなりがちな市場を抑える役割も担っている。必ずしも金がなくては楽しめないという訳でなくなれば、多くのライトプレイヤーは財布の紐を緩め、逆にヘビーユーザーは慎重になるものだった。
「サブマスが言ってたじゃん、俺達みたいな初心者でもやり方次第で一儲け出来るって。」
「まー、こっちはほとんど銀行枠使わないプレイスタイルだし、数か月どころか一年でも寝かしておこうと思えば寝かせておけるわけだもんね。」
イベント後しばらくはたたき売りに近いハズレアイテム群も、元々は入手困難なアイテムばかりなのだから、時期をずらすだけでひと儲けが出来るのには違いなかった。ただし、銀行の預け枠には限りがあり、ベテランのプレイヤーほど空きは少なくなっているもので、その上にハズレアイテムの需要が大きいのもこの層だという、冬夜たちから見ればオイシイ状況があった。品薄になった頃合いを見計らって出品するだけで、現状のたたき売り値の数倍で売れるだろうというのが、サブマスからの教示だ。
「金はあったほうがいいもんなぁ、」
「50Mかぁ……。そんだけあったら、ミーネのあの服が買えるんだよねー。」
手堅く貯蓄に回そうという冬夜の発言とはまるで逆の、散財方向の希望をアキラは口にした。言ってる傍からの無駄遣い目的に冬夜は苦笑した。可愛いアバターを持ったら着飾りたくなるのが親心だという話はよく聞いているが、アキラの口から出たことは意外だった。
ミーネという名詞に冬夜は聞き覚えがない。コラボ衣装にはまったく興味のない冬夜が知らないのも無理はないが、その名は有名なブランドのものだった。女子高生に大人気のガールズブランド。ただ、そのセリフを聞いた時に、ふと、なんとも言えない不安がよぎった。奇妙に感じながら、調子を合わせた。
「ミーネって、コラボ衣装かなんかか?」
「そう、今流行ってんだって。めちゃくちゃ高いんだよ、店売りの奴は残念数値のくせにさ。」
違和感の正体が知れた。課金アイテムの値段が高いとボヤいているのだ。高いと言っても二、三千円だ。ゲーム商法規制があり、課金の上限は定まっている。つい、笑ってしまった。
残念数値とは、文字通りあまり使い道のない能力の補正数値が付いているという意味だ。正規の課金アイテムとの差別化だろう。詳細は聞いても仕方がない、冬夜は適当に躱して会話を繋げた。
「ゲーム通貨で買おうとか思うからじゃねーか。とことんケチだな、アキラ。」
「リアルマネーはびた一文使わない主義だもんね、トウヤも人のこと言えるのかっての。」
「俺はゲーム内でも手堅く貯金だよ。」
「トウヤのケーチ。」
ガランとした洞窟ダンジョンを駆け足でマラソンしながら、二人の会話は弾んでいた。
「50Mなんて、俺らのレベルじゃまっとうに稼ぎ出すのは不可能な金額だもんな。」
「そうそう。」
冬夜の感覚では、リアルマネーよりもゲーム内通貨の方がよほどに稼ぐのが難しかった。
冬夜の予定は最初3個だった。ある目的が出来て現在は10個買おうと考えている。ギルドのメンバーたちには止められたけれど、転売目的の投資と考えればさほど危険な買い物ではないと思えた。欲を掻いたわけではない。生産職の存在しないこのゲームでは、プレイヤーが金をつぎ込むのは装備だけだ。需要と供給の関係で、不良在庫を抱え込むというリスクも無いではなかった。
レアなアイテムや課金の高価なアイテムなどは、リアルでの金持ちか廃人たちのステータスという以上の価値はないが、その下の、スキルや能力値に関連したアイテムは皆が欲しがるのだ。純粋にプレイヤーの腕前がモノを言うゲームではあるが、多少の補強にはなるらしく、腕に自信の無いプレイヤーやあまり時間を割けないライトユーザーには人気があった。
価値観は人それぞれ。冬夜は装備を揃えて強さを誇示するよりも腕を見せつける事の方を好んだ。戦闘そのものに慣れてしまえば装備の恩恵は微々たるものだ。だから初期服同然のツナギを着て、ノーマルな武器を携えている。見る者が見れば、腕前は嫌でも解かる。
冬夜のようなプレイスタイルの者が多いのも、ウィルスナの特徴だった。アイテムのリリース速度もさることながら、敵の強化も半端ない。その都度でアイテムに頼っていたのではキリがない。次々と廃人向けの新しいダンジョンがリリースされ、背中を追う後続プレイヤーを引き離していく。古いダンジョンの丸々コピー、しかし、中のモンスターは色彩と防御力と攻撃力が違う、という風に。強い装備はそういった上級のダンジョンをクリアすれば報酬で手に入った。その時々の装備強化は腕前さえあれば何とでもなるものだった。従って、冬夜のプレイキャラに金は掛からない。欲しいモノは、冬夜のプレイキャラの為のモノではない。
アキラがメイド服以外の服を着ている姿を見たかった。ミーネとかいうブランドの服がどんなデザインなのかは知らないが、この、メイド服にバケツ兜というスタイルを貫くことはないだろう。欲しがっていた可愛い服にわざわざバケツを被るほどバケツが好きなら諦めよう。なんでバケツなんだろう、これ見よがしの溜息に気付いたアキラがこちらを見る。
「腐るな、腐るな、すーぐレベル上がるよ。」
「そうじゃねぇよ、馬鹿。」
アキラは勘違いして、バケツを揺らして笑う。
二人は実際に、フライングの効果が最大限に活かされるようなゲーム生活を送ってはいる。廃人に近いギルドメンバーに追いつくのは不可能としても、のんびりしている新人たちと比べれば、二人とも急ピッチにレベルを上げていた。廃人が仲間というのは強さへの近道だ。
自分のレベルではクリアが困難と思われるダンジョンを敢えて選んで、廃人プレイヤーに同行を頼めば、自身は無人と化したダンジョンホールを抜けていくだけでクリアボーナスを入手出来る。あるいはボス戦で瀕死にまで追い込んでもらってから、遠距離攻撃の一発を当てるだけで、自分が倒したことになる。この際の経験値が大きいのだ。時間をかけて全部のエネミーを倒して手にする経験値よりも、無双状態の廃人に同行してもらって何度もボス経験値を稼いだほうが、報酬面を含めて利が大きかった。急いでレベルを上げる、そうすれば装備の選択肢も自然と広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます