22 ごせんまんごーるど

 冬夜は携帯端末を持ったまま、ベッドへダイブした。寝転んでの操作。プレイヤーの掲示板は、いつでもほぼチャットルーム状態だ。ゲームIDを使って利用する外部ツールで、ギルドを作る特典の一つに自分たち専用の板を持てた。例のギルドの板を覗いて冬夜はぎょっとする。ゲスト状態でアキラがINしていた。チャットは穏やかに進んでおり、アキラはギルドメンバーと和気藹々と話をしている様子だ。どうやら、アキラはアキラなりに気を使ってくれていたようで、嬉しく思う。これなら問題なくイベント参加のためのギルド加入に持ち込めそうだ、とも。


 チャットメンバーは3~4人は居そうな気配がする。ざっとログを見渡した。

「BOX買うの? 止めた方がいいよー。ウィルスナはPKゲームだから、初心者がレアなんか出した日にゃ、狩人が群がってくるよー。」

 最後尾にあったレスを読むなり、冬夜は机の上につっぷす。冬夜の夢が五分で潰えた。そりゃそうだよなぁ、改めて気付く。確かにあそこはそういう場所なのだ。良くても銀行に預けっぱなしがオチだろう。大手を振って持ち歩けるレベルに達した頃には、ゴミ同然の価値かも知れない。運営が発作のように度々暴挙に出るお陰で、アイテムの価値は流動的だ。公式の掲示板には、大量の在庫を抱えたプレイヤーが今回のイベントで価値が暴落したために売れなくなった、と泣きを入れている記事もあった。運悪く、イベントのハズレアイテムがダブったのだ。プレイヤー達を釣るためのアイテムだから、それぞれはハズレと言えども価値はある。普通に、取引版などで纏め売りがなされているアイテムの名が、イベント賞品アイテム一覧表にはちらほらと出ていたのを思い出した。


 冬夜はチャットに加わることなく、じっとメンバーのやり取りを見ていた。こういうものにはタイミングがあり、逸してしまったのだ。チャットでのアキラは普段よりお喋りだと感じる。まるで女の子のようで、ちょっと期待が膨らんだりもする。冬夜は未だにアキラの性別を知らないままだから、あれこれ推測するばかりなのだ。

 聞けばいいのかも知れないが、なんとなく、聞き辛い。アキラの口調は掲示板の上でも、とても中性的だった。最新のログでアキラの発言が打ち込まれた。

「もし出たら、売っちゃおうかなーとか思ってるんだけど。ほら、初心者のうちは必要ないアイテムばっかりだし、中堅以上のプレイヤーが買ってくれるんじゃないかなーって。」

 抜け目がない。レス主はアキラだが、冬夜では思いつかない事を提案している。アイテムの転売は禁止されてはいない。ただし、PK許可のゲームで大金を積むというのは無謀にも等しい話だったので、取引はさほど活発ではないのだ。買わねばならないアイテムはすなわち、身の丈に合わぬアイテムだから他人に奪われる。取引版で常連になるという事は、影では狩人たちのいい得意先と呼ばれる事だ。


 アキラの提案に乗る者は、割とすぐに出てきた。冬夜の予想では、このギルドのメンバーは興味を示さないだろうと思っていたのだが。

「じゃー、激レアが出たら俺が買うよ。幾ら?」

 サブマスのレス。激レアとは、例の、暴落アイテムの武器だ。

「50Mは欲しいなー。」

「たかっ!」

 暴利だ、50Mと言えば5千万Gのこと。高レベルのプレイヤーがダンジョンを一周しても稼げる金額は2000Gそこそこなのだから、どれほどの大金か。

「50Mかー……、うーん。痛いけど、もし出たら取っといてー。なんとか都合するしー。」

 どうやらサブマスはあの剣に御執心らしい。

「俺、入手するためなら片っ端からPKする覚悟だからー。」

 怖すぎる覚悟だ。冬夜はパソコンを前に噴き出してしまっていたが。

 もし、50Mという相場が付いているとしたら、そのアイテムはまず銀行から出てくることなどないだろう。それでも持ち歩くプレイヤーが居たなら、それは恐らく、彼ら同様のカンスト様たちだ。ちょっとおぞましい想像を巡らせてしまい、冬夜は身震いした。カンスト同士のガチバトル……。そんなもの、決着が着くはずなどない。HP/MPともに桁外れの連中なのだから。


「たっくん、それ手に入れたらアンタならどーするよー?」

 ロリウィッチのレス。

 たっくん、というサブマスのキャラネームは少々困った問題を抱えていた。はた迷惑なネーミングセンスのせいで、新人はみな『たっくんさん、』と呼んでは首を捻っている。冬夜も呼びかける時に戸惑った一人だ。

 間髪入れずで当人が発言。

「見せびらかす! 銀行の前でだけ!」

 自信満々のレスが返された。

 銀行は街の中にあり、街の中はPK禁止の安全地帯だ。フィールドに持って出れば、まずPKを仕掛けられるのは間違いない。普通、カンストクラスの廃人たちになれば、よほどの事がなければPKなど仕掛けはしないものだが、今回はその、『余程の事』に相当する。廃人に近いこのサブマスさえ警戒しているという事だ。

「一日中、銀行の前に立ってるから、暇なら話しかけに来てねー。」

 文面からしてご機嫌なたっくんさんのレス。もう入手したつもりになっている。そこへギルマスが割って入ってレスした。

「使えもしねーアイテム買ってどーすんのー。けどまぁ、俺等はまずコイン入手が問題なんだけどなっ。」

 意味深な書き込みに、冬夜は首をかしげた。イベント用コインは譲渡不能アイテムだ。露店で買うというわけには行かないが、それが、何かあるんだろうか?

 話はそのまま、世間話へと移ってゆき、そして冬夜は話題に乗り損ねた。明日あたり、パソコンからアクセスし直して情報を集め直さねばならないなと思いながら、携帯端末の電源を落とした。


 もし、激レアであるあの剣が出たら……所持と一攫千金、どちらがお得だろう?

 やっぱり夢が広がった。少々、最初よりは卑屈なカタチだが。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る