【ラノベ】【未完】虚構と現実の二重螺旋(エピステーメ)
柿木まめ太
改稿済み
0 ぷろろーぐ
「コギト、"我思う"ということ。これを考えるのは、サルの中でも人間だけだ。我を考えることは、相対した世界を考えることでもある。世界に対応する個、その極限まで純化された思念が、コギトである。」
人間は猿である。教授の話す言葉のうちでもっとも多いフレーズだろう。
教授の話す言語は相変わらず難解で、受講生の何人が理解しているかも怪しかった。もともとの講義は日本文学なのだ。講義自体とは無関係と思われるこの手の解説に差し掛かると、多くの生徒は視線を別の場所へと移動させた。
「世界と個人、肉体と精神、そのように純化されて範囲を狭めていく概念対比は、最終には徹底してシンプルな形態に落ち着く。"無"と"我"というところへ。世界を徹頭徹尾、疑うことにより"無"が生じる。"無"が発現した時、反転した逆位置には"我思う"が確立することになる。すなわち、我=コギトとは、この一瞬の感情、思考であり、後も先もない。無の中へ無限に生まれ出る"点"の思考である。点同士にはまた繋がりがなく、その一つ一つは後も先も持たない。我々は、すなわち、一瞬のみの実在であるという事が言える。」
「情報化社会は急激に変容した。思想の転換点は、やはり科学技術の進歩、バーチャルリアリティシステムの発達に由来した。」
人は現在、二つの世界の"我"を持つに至っている。世界は複雑に、二重の螺旋を描いていた。
「当時、世界は混沌を極めており、人々は真っ二つに割れた価値観の元に争っていた。肉体そのものに主体性を置くか、剥き出しの精神そのものを主体と見なし、肉体を切り離すのか。
遠く、ナチスドイツがユダヤに対して行った人間性の剥奪、ユダヤをただユダヤであるという理由のみで差別し、その概念をドイツ全土に行き渡らせることで、文字通りユダヤ人は人間としての権利を奪われた。その目的は、彼等ユダヤをして、自主的に無償奉仕に向かわせる、非人間的扱いを受け入れる、いわば家畜化の為だったわけだが……現在では、これは後の時代に引き継がれ、資本主義の中核を支えるシステムの元となった事は、君たちも周知と思う。ナチスによって後の情報化社会のシステムは発見されたのである。
だが、限度を超えて拡大された自然に反する生命活動というものは、いつの時代においても破綻を来たし、人々を新しい試みへと駆り立ててきた。果たして、閉塞した資本主義は、真・民主主義とも呼ばれる、現在主流の思想によって駆逐されることとなった。」
現在、世界を取り巻くのは二つの世界と一つの思想だ。思想は、人それぞれに違い、他者を侵犯しない。建前上の不可侵は、けれどもこのところは揺らいでいると誰しもが感じ始めている。
教授は旧来の文学を語ることがよほど面白くないらしく、その講義の大半は脱線した別ジャンルの話だった。一段高い教壇に立つ彼が本来の受講テーマに興味がないのと同様に、多くの生徒も脱線した哲学の話題に興味は示さない。
特に、鬱々と思いつめている一人の生徒に関しては、リアルのこの授業よりもバーチャルでの事件が、今は関心の大半を占拠していた。リアルの世界は分断されている。大学に通う彼と、アパートに戻った彼と、ゲームに入っている時の彼は、別々のコギトを有している。世界は今や複数形となった。
事件のきっかけを作り出したのは三名のプレイヤーだった。
一人は大学生の彼。もう一人は彼の近くに住む女子高生。そしてもう一人は……。
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